2010年12月10日

まえがき

山本健二氏の「ネオデシタル内観」の解説は終了したが、ネオデジタル内観を実践する前、または実践中に、「心の学校」の真我開発講座を受講しても良いと思う。
【第1章】の「気づく人は一日あれば気づく」の通り、1日で真我に出会う人もいれば、数ヶ月かかる人もいるだろう。
そこで、とりあえず「心の学校」の内観を受講するのも1つの方法だという事である。
http://www.shinga.com/

佐藤康行氏は、このように述べている。

「私の主催する真我開発講座には、二つの特徴があります。
一つは、結果が出るのが速いこと、二つ目は、結果をすぐに実践に活かせることです。
仏教の世界では、悟りの境地に達するのに何十年も修行しなければなりません。
真我開発はたった二日間です。いくら何でも速すぎますか。
しかし、真我はもともとあるものです。
もともとあるものに気づくのに、なぜ長い修業が必要なのでしょうか。
私は時間がかかるほうがおかしいと思っているのです。
私がすることは『すでに誰でもありますよ』ということを、あれこれ言葉を使ってお教えするだけです。
あとは皆さんが、『なるほど』と気づくかどうか、それだけです。
心臓が動いていることを、胃が働いていることを時間をかけて理解する必要がありますか。
地球が丸いことはよく見れば分かります。本来、理解するとは、一瞬で分かることなのです。
真我も分かるときは、一瞬で理解することが可能な世界なのです」

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但し、この真我開発講座を受講して真我に目覚めたとしても、それは出発点に過ぎない。
その事は、佐藤氏も述べている。

「悟りという言葉は終わりを想起させます。長い年月、修業をしてついに真理に到達する。
真我は悟りによく似た世界ですが、決して終着点ではありません。
一つの成就ではあるが、同時に出発点でもあるのです。
真我に目覚めるとは、生きたまま生まれ変わる事なのです。
ダライ・ラマは『生きているうちに生まれ変わるのが一番尊い』と言っています。
真我に目覚めると、まったく新しい価値観で、まったく新しい生き方が可能になります。
つまり、人生を二度生きられるのです」


的確に言えば、2日間で真我に目覚めても、それは釈迦やイエスの「悟り」とは程遠いものである。
真我に目覚めても、日常生活を送るうちに元に戻る人も多く、一方では意識進化を続ける人もいる。
【第2章】の『ネオデジタル内観の効果を「調和測定」で検証する』の脳波測定の図でも分かる通り、思考の歪みや乱れを解消し、左右の脳波のバランスをとる為には、1日や2日では無理である。
http://world888.seesaa.net/article/152847546.html

「ネオデジタル内観」は真我に目覚める為の、具体的で科学的な方法論だが、他の内観で真我に目覚めた人も、より深い「真我開発」と「身魂磨き」をする為に「ネオデジタル内観」を強烈に推奨する。
アンリ式ネオデジタル内観(ハイパーネオデジタル内観)では、より早く、更に深い「真我開発」と「身魂磨き」を実現する為に、実践5に続く各種メソッドをお薦めしている。

近年、アセンションという言葉が流行っている。
アセンションに関する本も無数に出ている。
では、アセンションとは何か……。
アセンションする為にはどうすれば良いのか。
具体的な方法論を説いている本を私は知らない。

アセンション(昇天)とは、意識進化の果ての解脱だと考えて差し支えない。
究極的には、肉体を超越したヒマラヤの聖者や神仙のように、肉体の削除が起きて生きながらに神霊になることである。
解脱とは、悟りを開いて輪廻を脱却し、涅槃(フォーカス35=5次元)に入ることである。
悟りを開くとは、真我に目覚める事であり、釈迦やイエスも内観によって悟りを開いた。
このサイトで公開しているメソッドは、最も簡単で合理的な意識進化法であると自負している。

佐藤氏は、次のように述べている。

【目覚めよ!】

「私たちは、起きていながら眠っているようなものです。
本当に目覚めなければなりません。
本当に目を覚ますとはどういうことでしょうか。
それは本当の自分、真我に目覚めることです。
真我に目覚めていったとき、悩みは一瞬にして消えてしまいます。
悩みや苦しみが病気になって現れていたら、それも消えていきます。
そして、愛と喜び、感謝に満ちた日々が送れるのです」


【真に目覚めるべき意識】

「私たちが本当に目覚めなければいけないのは、個体意識ではなく、全体意識なのです。
生きている人間は、どうしても自分のことだけを考えがちです。
当然、他人も同じように考えます。で、ぶつかってしまいます。
いままでの社会は、その繰り返しでした。でも、これからは違います。
一人が全体を考え、全体は常に一人を守る。そういう世の中になっていくのです」


【21世紀は真我の世紀】

「真我を開発するとは、人類意識を変える事だと私は捉えています。
長い人類文明が築いてきた、あらゆる価値観が問い直されようとしているからです。
人々が真我の開発に成功すれば、二十一世紀はまったく新しい価値観の下で、平和で安全で、人類みんなが豊かに暮らせる世界ができ上がっていくと確信しています。
一人の人が真我を開いたら、同じ時期に、世界の誰かが必ず同じように真我を開いているものです。
共時性(シンクロニシティ)といって、人間の意識は深いところで繋がっているからです。

【シンクロニシティ】

「人の心が繋がっていることを、しっかりと頭に入れておくことです。
あなたの考えがみんなの考えになり、みんなの考えがあなたの考えになったとき、人々は宇宙の法則と共に、愛と感謝の世界で生きられるのです。
『百匹目の猿』の話を聞いたことがあると思います。
ある島の野生の猿の集団で、一匹のメス猿が海水で芋を洗って食べる方法を覚えました。
すぐに真似する猿が現れ、その数が百匹を超えたら、遠く離れた島の猿も同じことを始めていたという現象です。
これは事実として、実証的研究でもすでに明らかにされています。
猿が海を渡って連絡をとるはずがありませんから、どこかで意識が繋がっているとしか思えません。
これをシンクロニシティ(共時性)といいます。
そのような心が確実にあるのです」


『日月神示』には「一人改心すれば千人助かるのぞ」と示されているが、自分が意識進化に努める事は利己的な行為ではなく、人類救済・地球のアセンションに直結するという事を憶えておいてもらいたい。

posted by アンリ・クリスチャン at 23:16| Comment(5) | アンリ式ネオデシタル内観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月29日

さらなる「調和」と「やすらぎ」へ 〜脱思考だけが地球環境を守る〜

『絶対変革』より↓↓↓↓↓



◆だれが自然環境を汚染し破壊してきたのか

いまや、環境汚染や自然破壊は地球規模にまで拡大しています。
そして、その対策として、各界ではいろいろな方法が講じられています。
このまま二酸化炭素の排出量が増え続ければ、100年後には気温上昇の影響で海面が1メートル上昇すると予測されています。
そうなると、日本では90%以上の砂浜がなくなり、南太平洋の小さな島国は水没せざるを得ないとも報道されています。
しかし、そんなことはかなり以前からわかっていたことです。
私たちの物質文明が進めば進むほど、環境汚染がとめどもなく進行することは当然の理なのです。
いつの間にか、人は自然と仲良くすることを忘れ、「自分さえよければ、他はどうでもよい」という考えにとらわれ、その考えに慣れてしまいました。
より快適に生きられる方法を探し求め、ともに楽しく生きるために仲間をつくり、「人間とはこうしたものだ」とか「私の理想の人生は……」などともっともらしく定義づけ、指導者や統率者をつくりだし、それに従って生きることを秩序正しいこととしてきました。
そうした秩序に、人間は「平和」とか「幸せ」という名前をつけてきました。
しかし、その結果はどうでしょうか。
ともに生きるべき自然界の動植物をはじめ、あらゆる生物は世界的に激減の一途をたどり、空気や水は汚れ、大地の砂漠化は進み、地球規模で汚染や災害などの不調和な現象を加速したのです。
環境は私たちの生活空間であり、誰もがその生活空間をよくしたいと願いながら、自分本位の考えを優先し、その結果として自然界の動植物を激減させたのです。
自然を破壊し、逆に、生活空間を不調和なものにしているのです。
つまるところ、人間が存在するということ自体が環境を汚染していることです。
環境問題を論じる前に、人間の生について見つめなければならないのです。


◆調和の世界実現には一人ひとりの意識の変革浄化が必要

しかし、私たちの現実はどうでしょうか。
そうした地球の危機を知りながらも、依然として私たちは自己中心の生活に追われ、人間関係に悩んでいます。
自分たちだけの幸せや安定を求めてあくせくし、多すぎる情報に振り回されて方向性を見失いがちです。
これでは、「地球環境を考える」どころではありません。
自分自身を省みることすらできないありさまです。
自分、あるいは自分の身辺のことが気がかりだと、「他のことなどどうでもいい」とか、「そこまで手が回らない」となり、やることなすことが中途半端に終わります。
私たちの存在自体が地球を汚染しているのですから、いまこそ汚染を食い止め、さわやかな空気と清冽な水を取り戻し、地球上のすべての生命に調和を取り戻させることが、私たちの任務です。
自然環境を取り戻し、ほんとうの調和の世界を実現するには、物理的な対応だけでなく、私たち一人ひとりの基本的な意識の変革浄化が必要になります。
一人ひとりが調和を体得する必要があるのです。
それにはまず厳しい自己観察が必要です。
現代の私たちの生活空間、人間関係、地球環境などのすべての問題点の原点は、「人間は特別な存在である」という思い上がった思考です。
厳しい自己観察により、その思い上がり、心の歪み点に気づいて修正することです。
たしかに、ある意味では「人間は特別な存在」かもしれません。
しかし、その「特別」とは「競合する性質を本質的に持っている生物」という意味です。
わかりやすい表現をすれば、「自分さえよければ他はどうでもいい」という自分本位に陥ってしまうということが特別なのです。
人間以外のすべての生命は、そうした「特別性」を持ちません。
微生物から動植物までのすべての生命が調和の世界に生きています。
人間も生命体ですから、本来は決して特別な存在ではありません。
単なる一生物ですから、微生物からすべての動植物、そしてあらゆる存在と調和共存して初めて世界は調和するのです。
私たち一人ひとりが現実から目をそらすことなく、しっかりと現実を見据えなければなりません。
自らを省み、自分の思考と行動の歪み点を発見し、それを修正することが環境汚染を食い止め、地球に調和をよみがえらせる唯一の策なのです。


◆個人の調和が宇宙の調和へ波及する

世界のあらゆる歪みや混乱の原因は、あなた自身の思考にあります。
自分の思考が変われば、言動も変わり、そして周りが変わっていきます。
まず自分の思考を観察して意識を調和し、家庭へ、職場へ、そして社会環境へとその調和の輪を拡大していかなければなりません。
これはそれほどむつかしいことではありません。
宗教や哲学、その他いろいろな思想はまったく必要ありません。
また、どんな組織も必要なく、信仰も必要としません。
情報社会はますます膨れていきますが、そうした情報社会のなかで情報知識の追及をしていては真実を知ることはできません。
真実を知るには、まず自分の内面を見つめ直すことから始めなければなりません。
しかも、これはだれにでも簡単にできることなのです。
ネオデジタル思考で内面を見つめ、そしてさらに深く内面を観察します。
あらゆる情報や従来の思考、先入観や価値観、一時の感情にとらわれることなく注意深く自分の内面を見つめていけば、そこにすべての答えがあることに気づきます。
そうすれば、問題になる点はもうどこにもないことに気づきます。
この気づきがあなたを含めた周りの人々を潤し、自然環境に調和をもたらしていくのです。
個人から家庭へ、そして社会へ、自然環境へと調和が拡がると、やがて世界の調和が実現されるでしょう。
その調和はさらに太陽系の調和、宇宙全体の調和へと波及していくのです。
調和することこそ生命の復元力を活性化するパワーです。
それを確実に実現するものが、ネオデジタル内観なのです。

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「脱思考」とは、アナログ思考の停止(シータ波状態)の事である。
環境問題の解決や世界平和の実現は、ネオデジタル内観によってなされると言っても過言ではない。
「個人の調和が宇宙の調和へ波及する」というのは決して大げさではないのだ。
人間の本質は宇宙そのものだからである。
意識改革の「100匹目の猿現象を起こそう」というスローガンをよく耳にするが、最も効果が高く、根本的な意識改革の方法が「ネオデジタル内観」である。

アリオンは言う。
「たった一人の実行でも理想は現実となる」

これで「ネオデジタル内観」の紹介は終わりだが、「ハイパーネオデジタル」にはまだ先がある。
ハイパーネオデジタル内観の基本は、肥田式腹式呼吸法やシータ波誘導装置を使用した「ネオデジタル内観」で、その他、様々なアイテムの活用を推奨してきた。

ここに、推奨アイテムの一覧を載せておく。

【宇宙意識と繋がる奇跡の「整体名人・快快」】
http://japan666.seesaa.net/article/125274452.html
【深い呼吸とリラックス効果をもたらす「シータリング」】
【邪気抜きと自律神経を正常にする「シルバー・レイ」】
http://japan666.seesaa.net/article/149402926.html
【潜在意識を浄化する成功と幸福の為の言葉「インスピレーションテープ/CD」】
http://www.alphacoil.com/inspilat.htm
【ネガティブ・カルマを解消するDVD「キングダム・オブ・ハピネス」】
http://www.eiichihojiro.jp/healingdvd/item/DVD_01_hapiness.html
【座るだけで姿勢が良くなる「知恵まっと」】
http://japan666.seesaa.net/article/122562505.html
【生命力を引き出す魔法のペンダント「アディオ・イフ」】
http://japan666.seesaa.net/article/124140377.html
【アルファ波〜シータ波を誘導する「アルファコイル」】
http://www.alphacoil.com/
【アルファ波〜シータ波を誘導する「ダ・ヴィンチ ワールド」】
http://www.h-sa.jp/davinci/world/
【月のテンポを身に付ける「つきを呼ぶ音楽」】
http://www.116kataoka.com/
【高周波発信装置「ゼッテン・116」】
http://www.116kataoka.com/
【高質音空間を実現するスピーカー「タイムドメイン」】
http://www.timedomain.co.jp/product/product.html
【素粒子パワーを放出するスピーカー】
http://www.global-clean.co.jp/energy.html
【天人合一を誘導する瞑想CD「天人合一の旅」】
http://www.fushigikenkyujo.com/bloGoods/cat4/cat11/post_50.asp
【読むだけで身魂磨きができるひふみ神示のダイジェスト版「太神の布告」】
http://www.amazon.co.jp/%E5%A4%AA%E7%A5%9E%E3%81%AE%E5%B8%83%E5%91%8A%E2%80%95%E7%A5%9E%E3%82%82%E4%BA%BA%E3%82%82%E7%A6%8A%E3%81%9E-TEN-BOOKS-%E5%B2%A1%E6%9C%AC-%E5%A4%A9%E6%98%8E/dp/4876660107

次に、「実践5」に続くアンリ流メソッドを紹介していきたい。
posted by アンリ・クリスチャン at 18:56| Comment(0) | エピローグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

◆実践5 日々の反省をとぎらせない

『絶対変革』より↓↓↓↓↓


@日々の生活の中で、絶えず反省ができるようにしておくことが大事です。
いつでも反省ができるような工夫をしておく必要があります。
実践4の「認識のスピードアップ」を重ねていると、判断のスピードが当然あがってきます。
1日の反省も、5分以内で終えることができるようになります。
寝る前の2〜3分で、起床して就床までの1日の反省ができるようにもなります。

A最初のうちは、時間を追って(アナログ的)に反省していけばいいのですが、慣れてくると、「今日の歪み点」とか「今日の不足点」とかのテーマを出し、チェックすべき点だけ出せるよう(デジタル的)に工夫してください。

B以上のような5つの実践を日々の生活の中で繰り返すことで、今までの狭い範囲の認識から解放され、とらわれやこだわり、それに偏りなどの自己限定が除かれます。
心身ともに軽くなっていきます。
さらに研鑽を重ねれば真の自由を体得し、調和とやすらぎの境地に到達できます。
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不調和な歪んだ思考パターン、精神の癖(カルマ)が除き、ニュートラル思考が養う為に、一定期間、内観道場などに籠っても根本的には変わらないことが分かるだろう。

『日月神示』は次のように示している。

「神々様も自分のくせを直すために御苦労なさってゐるぞ、そのために生長する」

「頭で判っても肚で判らねば、ほっこんの改心出来ねば、
まだまだ辛い目に会ふのざぞ、人民自分で首くくる様なことになるのざぞ」

「霊から改心させなならんぞ、善も悪も一つぢゃ、霊も身も一つぢゃ、
天地ぢゃとくどう知らしてあろうが」


一般論だが、人間は前世のカルマを解消する為にこの世に生まれてきた。
そして、生前の想念や行為によって、死後、天国に行くか地獄に行くかが決まり、やがて再び人間界に転生するという。
それは一面では事実である。真理ではなく、現象として事実である。
死後の世界が信じられない人は信じなくて良いが、いずれ分かってくる事である。

その輪廻を人生に当てはめた時、1日が人生の雛型になっている事に気づく。
起きた時が生まれた時、起きている間が生きている間、そして就寝が死で、就寝中の夢の世界が死後の世界である。
事実、夢の多くは、体外離脱体験中の記憶の断片だと言われている。
どのような夢を見るかは、寝る前の精神状態が大きく影響する。
寝る前の精神状態は、その日の精神状態で決まる。
そして、夢の内容を覚えているいないに関わらず、夢の内容によって翌日の精神状態がほぼ決まってくる。
良い事をすれば天国に行き、悪い事をすれば地獄に行くというのは、喩えとしては事実である。
だが、真相は、自分の無意識によって、自分の意識レベルと同じ世界に行くだけである。
つまり、生前の想念と同じ世界に行くのである。
故に、寝る前の「反省」は非常に重要な日課となってくる。

不治の病で余命を宣告された者が、文字通り「必死」に自らの足跡を残そうとする物語はマスコミでも多く話題にされている。  
最近、刊行された本だけでも、24歳の若さで亡くなった『余命一ヶ月の花嫁』はベストセラーとなり、その他、ガンを告白した民主党国会議員・山本孝史氏の『救える命のために』、翻訳書では『最後だと分かっていたなら』、37歳で亡くなった写真家・中山万里氏の『空地への感謝』など……。
生命の期限を知ったとき、人は人に恥じない生き方を心がける。

「パノラマ的生涯回顧」という言葉をご存じだろうか?
人は死ぬ時、自分の生涯をパノラマで見るというが、1日が一生の雛型であれば、「睡眠は死の予行練習」と言えるだろう。
故に、就寝前の反省行が「自己変革」の大きな課題となる。
だが、1日を振り返って、自己嫌悪や自己否定に陥ってはいけない。
反省の目的は「軌道修正」であり、デジタル的に処理することが肝要である。

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ハワイのヒーリング「ホ・オポノポノ」の実践方法は、「ごめんなさい/許してください/愛しています/ありがとう」を心の中で唱えることだが、ハイパーネオデジタル内観はこのメソッドも取り入れている。
1日を振り返り、反省点については「ごめんなさい」「許してください」、また状況に応じて「愛しています」「ありがとう」を心の中で唱えるようにする。
また、「有り難う」の字義は「難が有る」であり、嫌な事や災いに関しては「有り難う御座います」と唱え、嬉しい事や幸せだと感じた事に関しては「感謝します」と唱えるようにすると良い。
これを習慣にしていると、身の周りに起こる全ての出来事が自分に原因がある事が分かってくる。
また、寝る前だけではなく、日常でも気が付いたら即「反省」「感謝」をする習慣をつけること。
「ごめんなさい」「許して下さい」「愛してます」「有り難う御座います」「感謝します」という言葉は、時間が経過してからよりも、その時、その瞬間に唱えるほど効果が大きい。

死後、幽界で生活し、再び人間として生まれたい人には内観は無用である。
「ハイパーネオデジタル内観」は、真理を悟り、真の幸福を獲得し、輪廻を解脱し、涅槃に入る為のメソッドである。
この世に不幸があるとすれば、それは「自分」を知らない事である。
幸福は築くものではなく、「気付く」ものなのだ。
悪想念が渦巻く現代社会の中に生きる多忙な現代人が、ゲーム感覚で釈迦の悟りを得る事が出来る。
だが、そんな利己的な動機では「真の気づき」は得られない。
本当の自分を発見し、過去・現在・未来を光明に照らし、生まれてきた使命を果たし、個人的な自己実現に留まらず、環境浄化や世界平和、人類救済を実現し、宇宙の進化に参与したい……という積極的で情熱的な理念を持つことが「真の自己発見」「宇宙即我」の境地に到達する道である。

実践1「何のために内観をするのか書き出す」は、最初の1回だけなので、日課となるのは実践2〜5までである。
実践2「先入観と価値観を書き出す」の所要時間は決まっていないが、1日5〜10分で良いので毎日継続する事が重要である。
実践3「過去を振り返って反省を書き出す」が最も時間を要する作業となる。
時間は要するが、1日の所要時間は実践者が決めれば良い。
毎日5〜10分行い、休みの日に一日中やっても良い。
ただ、この作業が急務である事を自覚している人や、「明日死ぬとしたら」という思いがあれば、必然的に所要時間は長くなるはずである。
だが、焦りは禁物である。
焦りの感情は既にアナログ思考であり、安寧から脱線している。
焦らず急ぐという事を肝に銘じてもらいたい。
脳波がアルファ波〜シータ波になるにつれ、リラックス度と集中力が深まってくる。
実践4「認識のスピードアップをはかる」も最低1日1回、所要時間は3分である。
実践5「日々の反省をとぎらせない」も最低1日1回、所要時間は寝る前の5分程度である。

腹式呼吸などの準備運動を含めて、実践2〜5までを最低時間で実践しても20分程度。
いくら多忙と言っても、1日20分の余暇を作ることは難しい事ではないはずだ。
それが無理だと言うなら、生まれてきた目的をよく考えてみて頂きたい。
ここまで読み進めて来た人は、「自分が何者なのか」「どこから来て、どこに行くのか」「自分は何をすべきなのか」という人生最大の謎を究明する事を、既に「決意」しているはずである。

【第一章】の「1.あなたにとって何が大切ですか」をもう一度読んで頂きたい。
http://world888.seesaa.net/article/144945270.html
posted by アンリ・クリスチャン at 17:17| Comment(2) | 第4章「ネオデジタル内観」実践法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月27日

◆実践4 認識のスピードアップをはかる

『絶対変革』より↓↓↓↓↓


実践4は、どれだけ短時間にものごとをデジタル的に判断できるようになるかの脳のデジタルトレーニングです。
毎日、必ず一回以上実行する習慣づけをしてください。
効果を上げるためには、キッチンタイマーを使うと便利です。
時間が3分にセットでき、3分経てば「ピピッ!」と音の出るものを準備してください。

@ひな形を使う場合、何でもいいですから、部屋の左側から見て目に映るものを所定の欄に書き込みます。
そのときは、いっさいの感情を交えずにただモノの名前だけを書き込みます。
書き込みが終了したら、目に映るものが好きか嫌いかを瞬時に判断し、キーボードの0か1を瞬時に押してリターンキー(enter または→キー)を押します。
すぐに判断できなくてパスする場合は、リターンキー(enter または→キー)を押して空白欄にします。
好きなものは関心が強いもので、嫌いと思うものは関心の低いものと考えてください。

Aひな形を利用しない場合は、手のひらに入るくらいのメモ用紙を用意し、メモ用紙の真ん中に、タテ線を一本引きます。
そして、ひな形の場合と同じように、部屋の左側から見て、目に映るものが好きか嫌いかを瞬時に判断し、好きならば左側、嫌いなら右側にその名前を書いていきます。
考えていると書けなくなりますから、考えずにすぐに記入するようにします。
すぐに判断できなかったものは、「パス」という意味でヨコ線を引いておきます。
すでにデジタル思考のできる人は、好き・嫌いの代わりに、0か1か、あるいは、ONかOFFかで振り分けてもかまいません。

Bこれを3分間つづけ、タイマーが終わりを告げたらすぐに作業をやめます。
そして、何個好きと答えたか、何個嫌いと答えたかを数えます。
パスしたものの数も数えます。

C一回作業を終えたら、一時間以上の間隔をおいて同じことを繰り返します。
不可能であれば一日一回でもかまいませんが、最低それだけは実行してください。
同じことを繰り返す作業は、時として面倒な作業になります。
ひな形を使えば、そのつど部屋の中のものを書き出す作業が省略されますので、パソコンを使う利点がはっきり認識されるはずです。

Dこの認識のスピードアップを毎日おこなっていると判断が速くなり、ものごとにとらわれることが少なくなってきます。
もちろん、同じところで同じものばかり見ていれば、それらを記憶して速くなるのは当然ですから、ときどき方法を変えてください。
たとえば、左から右への観察を右から左にしたり、下から上、上から下、あるいはランダムにといった具合にするのです。

E少し慣れてきたら、公園のベンチなどでおこなってください。
小さな子供たちが楽しそうに遊んでいる姿を見て、瞬時に好きか嫌いかを判断します。
次に、子供の表情までも読み取って、好きか嫌いかを判断します。
近くにいるお母さんの服を見て、好きか嫌いかを判断します。
子犬がじゃれ合っている光景を見て、好きか嫌いかを判断します。
どんどんどんどん細部にわたって観察し、瞬時に判断してください。

Fさらに慣れたら、どこかにポイントを合わせ、そこから奥(向こう側)へ向かってどんどん観察してみてください。
視界の開けている場所であれば、慣れれば1キロくらい先のものまで観察できるようになります。

Gまた、さらに慣れてきたら、目を閉じて耳に聞こえる音だけで好きか嫌いかを判断してください。
次には嗅覚で、そして次には頭のなかに次々に浮かんでくるイメージを追って判断してみてください。

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これはネオデジタル内観特有のセッションで、短時間で物事を判断できるようにするトレーニングである。
私はこれを「好き嫌いゲーム」と呼んでいるが、これをする事によって、一体どのような意味があるのか、私も最初は分からなかったが、当時、並行して読んでいた菩薩会の資料によって納得する事が出来た。
仏教の三大目的「自己究明」「生死解決」「他者救済」は三位一体である。
そして、涅槃に至る為に、瞑想によって自分の内面を観察する「禅定」がある。
これは内観と同じものだが、禅定の菩薩会は「生死解決」について次のように説いている。

――これはただ単に生きる、死ぬという問題ではありません。
自他という価値観の対立の問題でもあります。
私たちは「好き嫌い」とか、「良い悪い」といった、全く正反対の価値観の間を行ったり来たりして生きています。
それを全体的に捉えて生死問題と申します。
生きる事は良い事で、死は敗北だと思っています。
この対立的な捉え方の究明が生死問題であり、自他の問題という事になります。
即ち「生死解決」であります。
「他者救済」とありますが、本当は他者を救済する必要などないのです。
しかし、生死問題を解決した後に現れる「他者」の「他」とは何か。
「生死とは仏の御命なり」という言葉があります。
この意味は、生と死は別のものではないということです。
生と死は両極にありながら、一つの働きを成しているのです。
永遠の働きです。生きるという価値観、死という価値観、これを全く同等の価値観で受け止めた時、そこに空相が現れます。
即ち生と死は別物ではなく、それは一つの働きであるという事がはっきり認識された時、「他」の中に自分を見ます。
人生で一番大切な自分が他にあるという事に気付きます。
しかし、全体を通して生死の、即ち自他のバランスが把握できないうちは、「私」が先に立って、この肉体と心が「私」であると誤認しています。
本当の「私」とは肉体と心ではありません。
正確に言うなら肉体は「私のもの」というべきです。
肉体そのものが「私」ではないことはお分かりだと思います。
では、心が「私」の正体なのかと言えば、心とは「好き嫌い」「良い悪い」「損得の計算」をしているに過ぎません。
心の正体に気が付いてみると、私たちはロボットと同じ心で動かされているのです。
物質的、機械的な心で日常生活を送っているのです。
禅定が深まって、自分が無色透明になるとこの事がよく見えてきます――


「人はみな、いろいろの悩みや問題を抱えて生きています。
生きる上での、苦しみや悩みのほとんどは自分を中心とした相対的な考えから生じるものです。
良い、悪い。好き、嫌い。お金持ち、貧しい。美しい、醜い。強い、弱い。
これらはすべて、自分と他者を比較して、一方が他方より優れているとか、劣っているとかいっているに過ぎません。
つまり比較相対の価値観に基づいて一喜一憂しているだけのことです。
今から二千五百年前、この問題に命懸けで取り組み、六年の修行の末、真実の生き方に目覚めた偉大な人物が、釈尊すなわち仏陀です。
仏陀は人間が逃れることのできない生老病死の苦しみから解脱することができる真実の智慧を獲得し、多くの人々を苦の境地から救いあげようと仏教を広められました。
その教えは、二元対立の価値観を捨てて、自他一如の世界に生きることを目指します。
それは、生まれてからずっと持ち続け、一度も疑ってみなかった『自分』という
存在に、がんじがらめに縛られていた自分に気付く事から始まります。
自分を縛りつけていた『自分』という鎖を粉砕した時、あなたの中にそれまで気が付かなかった『真実の自分』が現れてきます。
そしてそれまでとは全く違う、新しい生き方を始めようという勇気が湧いてきます。
それが『自分革命』です」


「好き嫌いゲーム」は「自己究明」の為のメソッドだが、最終的に「生死解決」、即ち生老病死の苦から解脱し、万有の平和と安寧の涅槃に入る為の遊び(修行)なのだ。
それは独善的なものではなく、「自己究明」「生死解決」が「自他一体」に直結し、「他者救済=自己救済」に繋がるのである。
無心で座禅を続ける禅定でこの境地に到達するのは容易ではないが、「好き嫌いゲーム」では多忙な現代人でも簡単に体得できるのだ。

手元にキッチンタイマーがない場合、目覚まし時計や携帯電話のアラームで代用すれば問題ない。
また、ひな形がなくても、パソコンがあればワードに打ち込んでいけば良い。
屋外でトレーニングする場合は、携帯電話のアラームを3分後に設定し、メモ帳に書き込んでいくという方法をお勧めする。
1日に何度も行う場合は、歩行中や電車に乗っている時間を利用しても良い。
歩きながら目に入るものを順番に「好き」か「嫌い」かの判断をしたり、レベルアップしてくると、電車の中から次々と目に入る景色を瞬間的に判断できるようになる。
その場合は、アラームを使ったり、書き込んだりしなくても良い。

重要な事は、頭で考えるのではなく、直感的な判断を大切にする事である。
そんな事をして「真の自己発見」と何の関係があるのだと思うかも知れないが、「ネオデジタル内観」を実践するにあたって、直感的な判断力が必要な事なのだ。
また、「本当の自分」からのメッセージである「インスピレーション」に気づきやすくなり、自分のやるべき事に気づくようになってくる。
ナポレオン・ヒルは「成功の秘訣は迅速な決断力にある」と述べているが、それもこの「認識のスピードアップをはかるトレーニング」で養われる。

尚、決断や認識のスピードが遅い人には共通点がある。
例えば、店などでなかなか注文するメニューが決められない人は、骨盤が開いている人が多い。
認識のスピードアップを効果的に向上させる為には、骨盤矯正も同時に行うのがベストである。
神泉組1と2はワンセットだと思って頂きたい。
posted by アンリ・クリスチャン at 12:32| Comment(1) | 第4章「ネオデジタル内観」実践法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月25日

◆実践3 過去を振り返って反省を書き出す

『絶対変革』より↓↓↓↓↓


実践3は、過去を振り返るアナログ的な反省です。
反省なくして向上や進歩はありませんから、これは必要なプロセスになります。
ただ何か失敗して、「悪かった。二度と繰り返さない」などと心に違ったとして
も、また繰り返すのが普通ですから、そうした反省はあまり効果がありません。
これにも、やはり書き出しという作業が必要になります。

@反省のコツは、「何でもすべて掻き出す」という感じで記入していくことです。
日々の反省だけでなく、従来の内観法のように、生まれてからいままでお世話になったこと、そしてお返しはできたかどうかなどを掻き出しながら書き出します。
年齢をさかのぼって徹底的に思い出す作業が必要になります。
ただし、この作業も、一定期間特別の場所で実施するのではなく、いつもの場所で、いままで通りの生活を続けながら実行してください。
ひな形を使う場合は、所定の枠内に記入するだけでどんどん作業がはかどります。
ひな形には3歳から70歳までの記入欄を設けてありますから、そこに「楽しかったこと」、「うれしかったこと」、「嫌だったこと」などを思い出しながら書
き込んでいきます。

Aひな形を使わない場合は、ノートを用意してそこに記入していきます。
日誌形式で書いてもかまいませんが、感情に任せてダラダラと書くのは逆効果です。
反省項目は、必ず箇条書きにしてください。
日誌形式の場合は、内観を箇条書きに整理し直してください。

B頭でおこなっても、内観は効果のあがるものではありません。
逆に、感情のとりこになる危険性もあります。
その危険性を避けるために、必ず「書き出し作業の掻き出し」を念頭に置いて実行してください。

Cひととおり書き込み欄が埋まってきたら、色分けします。
何がイヤだったのか、それは肉体的な苦痛だったのか、あるいは精神的な苦痛だったのか、またそのことがらは相手に原因があったのか、それとも自分に原因があったのか、などを区分けをしていきます。

Dこの作業を続けていると、書き出した中から、自分の欠点や心の歪み点が浮かび上がってきます。
それらが浮かび上がってきたらピックアップし、ランク別に並び替えます。
この作業も、ひな形を使えば簡単に処理できます。
ネオデジタル内観を進めながら書き出しを続け、ランク付けを続けているうちに、とらわれの項目が鮮明になり、軽い歪み点は次々と消去されていきます。

E最終的にはいくつかの強烈な歪み点が残りますが、これは「調和測定」などで確認したのちに簡単な方法で消去できます。

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過去に縛られている人が多いが、過去が人を縛る事はない。
過去に縛られているという思いが、自分で自分を縛っているのである。
また、価値観、先入観、固定観念、既成概念、知識、プライド、欲望も自分を縛り付けている原因となっている。
悪く言えば、サタンに取り憑かれた自縛霊と同じ状態である。
自分の思考パターンや性格がどのように形成されていったのかを明らかにし、自縛を解く為には過去を追体験するしかない。
また、「自分はこんな人間だ」という自分が思っている人物像は、結論から言えば「思い込み」である。
その思い込みによる長年の自己暗示によって、今の自分が形成されているのだ。
その思い込みや囚われから解放され、自己限定が解除された時、「本当の自分」を発見すると同時に無限の可能性が広がり、人は生きながらにして「生まれ変わる」ことが出来るのである。

その為には、反省なくして改心なしだが、『日月神示』には次のように示されている。

「人民には分別与へてあるから反省できるのであるぞ。
反省あるから進展するのであるぞ。
ほっておいても、いらんものは無くなり、いるものは栄へるのであるが、
人民の努力によっては、よりよくなるのぢゃ。
省みねば生れた時より悪くなると申してあろうが」

「省みる時与えられるのぢゃ。さとりの時与えられるのぢゃ。
ものは、はなすからこそ掴めるのぢゃ」

「己の心 日々夜々改めねばならん、心とは身と心のことぞ」

「今迄のことちっとも交わらん新しき世になるのであるから、守護神殿にも、判
らんことするのであるから、世界の民みな一度に改心するやうに、どん詰まりに
は致すのであるなれど、それ迄に一人でも多く、一時も早く、改心さしたいのぢ
ゃ」

「世界がそなたにうつっているのぞ。世界見て己の心早う改心致されよ」

「戦や天災では改心出来ん。
いよいよになって助けてくれと走り込んでも、その時では遅いから、間に合わん
から、早う神の心悟れと申してあるのだ」

「学問や智や金を頼っている内は、まだまだ改心出来ないぞ」

「たれ一人、悪いわがままの癖持たん人間ないぞ。
その癖を直して行くのが、皮むくことぢゃ。
改心ぢゃ。弥栄行くことぢゃ。
気づいたことから早う改めて下されよ。
トコトン迄行って神がさすのでは人間の面目ないから」

「そなたのもつ悪いくせ直して下されよ、それが御神業ぢゃ。
神々様も自分のくせ直すために御苦労なさっているのぞ。
そのために生長する。昨日の自分であってはならんぞ。
六十の手習で止まってはならん。死ぬまで、死んでも手習ぢゃ」

「人間と云ふもは奇蹟見ても、病気になっても、中々改心出来んものぢゃ。
死後の生活がハッキリ判っても、未だ改心出来んのぢゃ。
それは外からのものであるからぢゃ。
マコトの改心は、中の中の神のキいただいて、ほっこん改心出来ねばならん」

「神には何も彼も分かりているのだと申してあろがな。
早く兜脱いで神にまつはりて来いよ。
改心すれば助けてやるぞ。
鬼の目にも涙ぞ、まして神の目にはどんな涙もあるのざぞ。
どんな悪人も助けてやるぞ、どんな善人も助けてやるぞ」



人は死ぬ時に、自分の人生をパノラマで観ると言われている。
そして、死ぬ間際に大いなる反省と感謝をして、「気づき」を得る人もいるという。
人生は自分探しの旅だと言われているが、死ぬ間際ではなく、元気に生きている間に「本当の自分」を発見しておくべきである。
トラウマの治療などで退行催眠が行われたりしているが、内観はそれと通底する部分がある。

過去は変えられないが、過去の認識を変える事は出来る。
記憶を辿って、過去の人生を客観的に追体験するのだ。
佐藤義塾の内観でも、「人間は記憶で出来ている」という捉え方をしているが、過去の認識を変える事で過去の自分を救済し、その結果、現在の自分が救われるのである。

「過去の自分を救済し」という部分に異論はあると思うが、過去の自分は今も存在している。
想念の世界に於いて、「過去も現在も一点」であり、我々はいつでも過去に行く事が出来る。
その意味では、過去を変える事も可能だと言える。
霊界は「過去」「現在」「未来」が同時存在していると言われている。
例えば、モンロー研究所でも、過去世の自分を救出するというセッションがある。

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『日月神示』には、このように示されている。

「この神は現在も尚、太古を生み、中世を生み、現在を生み、未来を生みつつあるのぞ」

「この神」の部分を「本当の自分」に置き換えても差し支えない。
3次元では時間は過去から未来に流れているが、5次元では未来から過去に流れているという説がある。
内観は現在から過去にアプローチして思考パターンの修正をしていく作業なので、「原因は未来にある」という捉え方も出来る。
生まれてから今までの事を思い出すに当たって、私は「自分史」を書く事を進めている。
年齢を遡って徹底的に思い出す為には、その方法が最も良い。
昔の写真を見ながら書き出せば、更に色々な出来事を細部に渡って思い出す事が出来る。

だが、人間には封印してしまった記憶、思い出したくない記憶があるはずだ。
自分が傷ついた記憶、逆に人を傷つけて胸が痛む記憶など……。
また、コンプレックスや内面の醜い部分を認めるのは誰にとっても辛い事で、そういう部分に真剣に向き合ったことがある人は少ないと思う。

心理学者のシグムント・フロイトは、こう言っている。

「心の内面の秘密を露出させること、
自分を悪い奴だと認めることはやさしいことではない。
それは科学的興味でなされてさえ、容易なことではない」


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少し前にも紹介したが、アリオンは「内観」についてこう語っている。

『本当の自分を見ること、それがたとえ「こうありたい自分」から遠く離れていてもそれを認めること。
認めることは嫌いにならないことだ。好きになれとは言わない。
認めるということは、嫌いにならないこと…そして好きになることでもない。
ただ、ありのままに「それを、そこに在ると知る」ことなのだ。
この行為を通して、あなた方は多くのことを見つけるだろう。
それは「自分とはこういうものだ」という枠を壊すことに繋がってゆくだろう』

『自分を観るということは、自らが見知った自分自身を断定的に論じる事ではない。
自らの内部にあるものを見つめること、それは殆どの場合において恥を伴うこと
であり、多くの場合、非常に辛く苦しいものであることは否定しない。
しかしそれを避けて記号としての言葉を幾ら構築しようが、
幾ら優れていると喧伝される論理で糊塗しようが、無駄に終わると言い切っても良かろう』

『自分にとって自分を見るくらい大変な事はないと皆が言うよ。
それまでも見てきたつもりでも、それは「自分がこう思う自分」であって決して本当の自分ではなかったというケースが多い。
「自分は〜なんだ」とか「自分という人間は〜なんだ」と決めた自分を見ても何も変わらない。
これは、自分の望んだ自分の似姿ではない。
本当の自分とは、意外な面も持ち合わせた存在であることに気付くよ』

『自分を見るのは、等しく誰にとっても辛いものだと断言しておこう。
時には「こんな自分なんて、何で生まれてきたんだろう?」とか
「こんな自分なんて大嫌いだ、見たくもない」と自分の殻に逃げ帰りたくなる。
こういった反応はごく自然なもので、これが無かったら逆にオカシイ。
拒否反応が強い場合には、ジックリ・ユックリを心がけて、チラリと見えた自分の姿を批判したり非難したりしないで、そこに置いておく練習をすることだ。
「自分を見る」行為には一人一人所要時間が異なるので、焦ることはない』


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須藤アキオ氏は『王仁三郎の霊界物語』の中で、このように述べている。

「自己実現の過程では、多くの苦痛が伴う。
受け入れがたいコンプレックスを認めることは、個人にとって一種の自己否定にも近いほどのショックだろう。
このさまざまな苦悩の過程が、地球の場合、「大峠」と呼ばれる天変地妖や巨大な人災となって現れるのである。
人類という〈地球の自我(超自我)〉がいまや崩壊し、精神病を患っている以上、本格的な治療を施さねばならない。
ユング派の療法家がさまざまな例を挙げているように、自我が極端な危機に瀕しているとき、夢で〈自己〉が、時に人の形(老賢人)をとって助言を与えることがあるという。
この〈超自我(物質界=集合無意識の中心)〉が極端な危機に瀕したとき、〈超自己(Θ)〉が別の形をとって助言した。
これが天理・金光・黒住などのいわゆる教派神道であり、その最後に大本が現れ、助言(予言・警告)として、『お筆先』(出口ナオ筆記)、『霊界物語』(出口王仁三郎口述)を与えたのである。



『日月神示』は次のように示している。

「戦恐れてゐるが、臣民の戦位、何が怖いのぞ。
それより己の心に巣くうている悪のみたまが怖いぞ」

「己の心を見よ、戦が済んでいないであろ。
それで戦が済むと思うてゐるとは、あきれたものぞ。
早く掃除せぬと間に合わん、何より掃除が第一」



つまり、内観とは「ハルマゲドン」そのものであり、1人1人が内観を実践する事によって、軍事戦争や天変地異も大難が小難に、小難が無難になるのである。
だが、内観を実践するにあたって非常な苦痛を伴うようでは、多くの人が長続きしない。
だから、感情を入れずに客観的に書き出していく必要があるが、その為に脳波をアルファ波〜シータ波にしておく必要があるのだ。
目を瞑って腹式呼吸法をしながら、人生を振り返る事に専念すれば良い。
この時、今までに紹介したアイテムを使用すれば、効果は飛躍的に上がる。
また、思い出し作業が記憶力増強に効果がある事も認められている。

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だが、見たくない自分や、辛い過去ばかりを思い出せという訳ではない。
「心の学校」の佐藤康行氏は、次のように教えている。

「真我を体感・体得第三の方法は、自分の最良・最高の状態のとき、自分がどう感じ、どうふるまったかを思い出してみることです。
どんな人にも最高に幸せ!≠ニ思える瞬間が、過去に何度かあったはずです。
それがどんなときで、そのときにどんなことを思い、どうふるまったか。
それを思い出してみることです。
なぜなら、そのときのあなたは、もっとも真我に近づいていた可能性があるからです」


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このメソッドでは、生まれてから現在までの出来事と、その時の感情を書き出す。
物心がつくまでの2、3歳くらいまでの事は殆んど覚えていないかも知れないし、最近の事でも忘れてしまっている事が殆んどと言ってもいいかも知れない。
また、思い出したくない忌まわしい記憶もあるだろう。
いずれにしても、あなたが覚えていようがいまいが、あなたの潜在意識は全てを記憶し、時空(アカシック・レコード)に記録されている。
政木和三氏は自ら開発したヘミシンク装置「アルファシータ」を使用し、幾多の過去世を思い出したという。
過去世を思い出すかどうかは別として、脳波がシータ波になると、否定的な感情に左右されずに、忘れてしまった記憶も鮮明に蘇ってくることがある。
自分史の完成には時間がかかるかも知れないが、焦らずに急いで取り組んで頂きたい。

生まれた時から順に過去を振り返り、「過去を思い出す…過去を思い出す…」と自己暗示をかけると良い。
嬉しかったこと、苦痛だったこと、後悔していることなど、人に迷惑をかけたり、悪い事をしたこと、コンプレックスになっていること…些細なことも全て、思い付くままに書き出す。
書き出さなければ内観の効果は上がらず、感情に支配される危険があるので、必ず書き出すこと。
この作業を続けていると、自分の長所や欠点、心の歪みが浮かび上がってくるので、それをピックアップしてランク別に並び替える。
私は内観を始めるまでは、自分ではあまり短所はないと思い込んでいたが、この作業を行なうと短所のオンパレードだった。
だが、この長所や短所の概念も変わってくる。
デジタル思考でAの作業を続けていると、本質的な原因が見えてくる。
つまり、全ては自分の心からあらゆる現象が生まれ、それに対する認識が心の癖となり、精神の歪みになっていることに段々と気付いてくる。
これは誰もが認めたくないことだろうが、あくまでもデジタル思考に徹しなければならない。
デジタル思考は、冷静に客観視する為だが、感情を排することで魔境に陥るのを防ぐという効果もある。

その後、箇条書きに整理し直す必要があるが、パソコンがある人は上図の「ひな形の記入例」を参考に、エクセルなどに打ち込んでいけば良い。
「最終的にいくつかの強烈な歪み点が残るが、簡単な方法で消去できる」との事だが、山本氏がどのような方法を行なっていたのかは分からない。
だが、強烈な歪み点を修正する方法は私も教える事が出来るので心配は要らない。
posted by アンリ・クリスチャン at 22:30| Comment(1) | 第4章「ネオデジタル内観」実践法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月11日

◆実践2 先入観と価値観を書き出す

『絶対変革』より↓↓↓↓↓


実践2は、先入観と価値観の書き出しです。
これによって、自分がどういうことがらにとらわれているかがはっきりし、心の歪み点が明確になります。
@ひな形をつかう場合は、所定の欄にゲーム感覚で書き込んでいくだけで、すべての先入観と価値観の書き出しが行えます。
パソコンを使う効果が発揮され、簡単で便利に書き出しが実行できます。
Aひな形を使わない場合は、できるだけ大きな紙を用意します。
そして、その紙に思いつくままに書き込んでいきます。
先入観は、現在思い込んでしまっている事象すべてです。
価値観については、いまの自分にとって価値があるかどうかを観察し、価値のあるものも価値のないものも書き込んでいきます。
書く時点で価値を感じないものは書けませんが、観察しているうちに、いままで思ってもいなかったものが書けるようになってきます。
価値観ですが、たとえばテレビドラマなどを見ていて、「こんな番組はくだらない」と思えば価値のランクは低くなります。
「これは価値があるな」と思えば上位に書いておけばいいのです。
モノにしても、「ソファーに価値がある」と思えば上位に、「床に座ったほうがいいのでソファーなどいらない」と思えば下位に記入します。
大きな紙でもどんどん書き出していると、乱雑になって汚くなってきます。
その場合は、ペイントマーカーや色鉛筆などで同じような内容をピックアップしてチェックを入れ、大学ノートなどに価値の高いもの順にランクをつけて書き直してください。
ひな形使用の場合は、いつも整理され瞬時にランク付けや入れ替えができます。
B先入観は自分で思い込んでいることですが、内観を続けているうちに、順位が変化してきます。
毎日続けていると、いつの間にか先入観が消えている場合もあります。
思考の中から先入観が消えた場合は、ノートやパソコンからその項目を消してください。
価値観も同様です。
内観を続けて観察力が高まれば高まるほど、価値観の順位も入れ替わります。
また、価値観がなくなって消すようなことも起きてきます。
先入観の順位変更や項目消去と同様の作業を行います。

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ひな形がなくてもパソコンのワードに記入していけば良い。
最初は意味のないように感じるかも知れないが、この先入観と価値観の書き出しを日々の日課にすることで、自分の囚われや心の歪み点が明確になってくる。
つまり、「真の自己発見」をする為に不可欠な作業なのである。
現在思い込んでいる先入観と価値観を思い付くままに書き出す事によって、自分が何に囚われているか、精神の歪みが明確になってくる。
最初は少し難しいが、観察しているうちに、いくらでも書けるようになってくる。
価値観、先入観、固定観念、既成概念、知識、プライド、欲望は自我そのものであり、それを「サタン」という。
私が内観を「ハルマゲドン」に例えるのは、その為である。

禅定の会である「菩薩会」の資料には次のように書かれている。

「私たちが日常、五感を通じて感じたり、考えたりして養われてきた常識という価値観は、自分の物差しを使って、自分にとっての損得勘定、善悪の判断に右往左往している、絶対的な根拠のない価値観にすぎません。
私たちの常識という価値観を、座禅の前だけでも結構ですから、一度疑い、否定して見て下さい。
常識に囚われない、無色透明の状態に自分を置いて座ってみて下さい。
それが習慣になると、だんだん自分の真実の姿が見えてきます。
私たちは頑固なまでに、自分の価値観、日常の価値観にしがみつこうとしています。
自分の価値観に囚われている間は、本当の自分の姿を知ることはできません」


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天野聖子氏は次のように述べている。

◆釈迦はなぜ悟ることができたのか

釈迦は、「誰でも、自分自身を省みて改善することに努めれば、生きながら仏になれる」と説いています。
釈迦も「人間(自分)とは何か」を自分の中に求め、大いなる自己と繋がって悟りを得たのだと私は思います。
釈迦自身は大いなる自己という言葉は用いていませんが、大宇宙からの霊智に感応したことは確かです。
そして、生きながらにして仏になりました。
釈迦は、「悟りを得たい。仏になりたい」と思って瞑想を始めたのではありません。
ただ「自分とは何か」「人間の幸せとは何か」を自分自身の中に求め、無の状態(空)になった時、天啓(霊智)を与えられたのです。

◆自らを理性的に省みる分析をする

私たちは、なぜ、動物性本能から抜け出せないのでしょうか。
それは、今までの悪習慣から蓄積している汚れた垢の壁が自我心にこびりついていることに、気がつかないからです。
垢を溜める一方なので、その壁はどんどん厚くなるばかりです。
そうなってくると、自分を省みようとする心の目は曇ったままなので、よく見通せない目の代わりに、汚れた垢(自我心)が目となって判断を下します。
自らの心の改善を怠り、他人には「ああだ、こうだ」と、もっともな事を言う人が多すぎます。
曇った目を持っている人は、自分はさて置き、他人への批判ばかりするようになります。
人に何か言う前に、自らを省みて改善する人間性を持つよう、心がけたいものです。
この状態を打破するには、「心の改善」の自問自答をする前に、必ず自らを省みる「分析」が必要になってきます。
分析とは、ある物事や状況を分解して、それを成立させている要素や側面を明らかにしていくことです。
難しく考えることはありません。
ここでいう分析は、ただ自分の思っていることや思いつくことを、「なぜ、こうなるのか」「その根拠は何なのか」「これをする(しない)と自分は、どうなるだろうか」など、ひたすらノートに書き出すことをすればよいのです。
書き出したことを読んで、また考え、書き出します。
これを繰り返していくうちに、普段、自分が物事をどのように捉えているかが見えてきます。
考え方のクセや、堂々巡りになる原因も見えてきます。
そうなってきたら、また考えてみるのです。
自問自答をする前には、必ず分析をして心の中をノートに書き綴って下さい。
ノートを読み返すうちに、自分の自我の中にプログラミングされている固定観念に、少しずつ気づかされます」
posted by アンリ・クリスチャン at 02:05| Comment(6) | 第4章「ネオデジタル内観」実践法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月28日

STEP5 ネオデジタル内観の具体的な実践

『絶対変革』より↓↓↓↓↓


◆実践1 何のために内観をするのか書き出す

STEP1〜4のすべてのチェック項目をパスすれば、「真の気づき」は目前です。
しかし、何度も何度も繰り返してチェックしながら、いまの環境と生活とを見据えてください。
ここからは、ネオデジタル内観の具体的な方法に入ります。
第二章でも述べたように、ネオデジタル内観を使わなければネオデジタル内観が不可能ということはありません。
そこで、このSTEP5では、パソコンを利用する場合とパソコンを使わない場合の二つのパターンを説明することにします。

では、ネオデジタル内観の実践に入ります。

@まず、何のために内観をするのかを書き出します。
ネオデジタル内観を始めるにあたり、目的意識をハッキリさせることが重要だからです。
内観の目的が変革願望というのが一般的ですが、その変革願望を具体的に書き出します。
パソコンの使える方は、「ネオデジタル内観テンプレート=ひな形(以下、ひな形と記述します)」を使い、所定の欄に記入していきます。

Aパソコンを使わない場合は、なぜ内観に関心が起きたのかをノートなどに思いつくままに書き出します。
たくさん書き出していると、その目的が明確になってきます。
そして、それが心身改善のためやコンプレックス解消のためだけである場合は、ネオデジタル内観を実施しても時間のムダになります。
ただし、その場合でも、心身改善願望を諦めて内観に取り組む道は残されています。
とりあえずそうした心身改善の願望と無縁になればいいのです。
「そうした気持ちはあるが、この際はとりあえず棚上げしておこう」と思い切ればいいのです。
そうした心身改善の願望を諦めきれない方は、最初から取り組まないほうがいいでしょう。
心身改善願望から内観に関心を持った人は、前述のチェック項目を徹底的に見直してください。

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山本氏亡き今、テンプレート(ひな形)がない為、ワードやエクセルに打ち込んでいくしかない。
変革願望や心身改善、コンプレックス解消を内観に求めてもムダで、逆に言えば、そのような願望を持っていると内観はうまくいかない。
だが、予め言っておくと、内観をすれば「変革願望」「心身改善」「コンプレックス解消」が実現する事が多い。
問題は、それらを目的に内観をすると、内観の効果が出ないという事である。
欲望や執着をすてないと悟れないからだ。

政木和三氏は『驚異の超科学が実証された』の中で、次のようなエピソードを紹介している。

私は「1979年2月に死ぬこと」を、自分の政木フーチパターンによって7ヶ月前に知り、すべての欲望を捨て去ることによって生き延びることができました。
その頃、肝臓が悪く、医者から治療を勧められましたが、7ヶ月後に心臓発作によって死ぬことを知っていたので、治さなくてもよいといって断りました。
つまり、自分の死期を知り、目先の欲望を捨て去り、「この世はなるようにしかならない」と思うと心は大きくなり、多くの幸を与えられることになるということです。
病気という現象は、人間性の低いところでの思惟からのものであって、絶対的に欲望を捨て去り、過去完了形でものを考えることができるようになったときには、この世に不可能はなく、これから述べる事例のような結果が私たちの周辺に起こってくるのです。

昭和50年、ある夫婦が私を訪ねてきました。
「私の9ヶ月の赤ちゃんが三階から落ちてコンクリートの上に頭をぶつけました。
入院して1ヶ月になりますが、病院ではどうすることもできないといっております。
助かるかどうか教えてください」といいます。
そこでフーチパターンで測定すると、「治すことはできぬから、あきらめなさい」とのこと。
そのとおりを告げたところ、その夫婦は「今度こそあきらめました」といいます。
フーチパターンはさらに、「完全にあきらめることができたならば、次には“私の赤ちゃんがすこやかな状態に戻りました。ありがとうございました”と思え」と告げてきました。
夫婦はそのとおりに思い、悲しみの中にも安らぎの心を抱いて帰っていきました。
が、そのあとでフーチパターンは、夫婦が完全にあきらめることができれば、3日目の朝、赤ちゃんの意識が戻る、と告げました。
はたして3日目の朝に例の夫婦から電話があり、「いま赤ちゃんの意識が戻り、病院では大騒ぎになっております。ありがとうございました。
赤ちゃんの命を助けていただいて、ほんとうにありがとうございました」というのです。
そこで、「命を救い、頭を治したのは、私ではありませんよ。
あなた方ご夫婦が欲望を捨てて、赤ちゃんが元に戻ったと思ったので、あなた方の無欲のエネルギーによって、赤ちゃんが治ったのですよ」と返事をしました。
人間は欲望を捨てることは非常に難しいことですが、完全に捨て去ったときには不可能はなくなります。

また、平成2年に、ある女性から相談を受けた子宮筋腫についても、私が「小さくなったよ」といったその一言だけを信ずることによって、2〜3日で筋腫は小さくなりました。
その結果、子宮切除の難を逃れることができました。
これも無欲がなせる超常現象だといえます。


その他、「精神分裂症が10分で治った」「ガンが3日で消滅した」という話は枚挙にいとまがないが、いずれも欲望を捨てて諦め切った結果によるものである。

政木氏は言う……

私のいう「この世に不可能はない」とは、目先の欲望を捨て去ることに始まり、すべての我欲を忘れ去ったときに人間の本来のエネルギーが発揮できる状態となる、ということです。
自分の願望が、たとえ100万分の1でもあれば、奇跡は起こらないし、無限小の欲があっても超常現象は起こりません。


まず、「本当の自分」を発見する為に、様々な願望を諦めて棚上げする事が必要なのだ。
「諦めると実現する」という事が理解できれば、喜んで願望を手放す事が出来るはずである。
そして、脳波がシータ波になれば、欲望や願望は自然に消滅する。
欲望や願望を手放してシータ波の世界に入るか、腹式呼吸法やヘミシンクでシータ波にして欲望や願望を消滅させるか……。
2つの方法があるが、両方とも実行するのがベターである。

また、政木氏は次のようにも述べている。

「病気の大半はストレスによって発生しますが、背骨の損傷によることもあります。
したがって背骨の器械的な矯正が必要なときもあります。
また、背骨でも人間の意志によって軟骨板が若返り、回復することもあります」


厳密に言えば、背骨だけではなく、頚椎や骨盤など全身の骨格が心身の健康に関わっている。
「心身改善願望」は捨てても、健康管理として「神泉組1」を実践する事で、内観の効果は何倍にも何十倍になるのである。
その結果、心身改善を超越して超人進化への道が開けるのだが、それらはあくまでも結果であって、それを目的にすると、その欲望や願望が内観の邪魔になるという訳である。

変革願望を捨てなければネオデジタル内観は出来ない。
しかし、ネオデジタル内観は短期間で確実に「絶対変革」を実現するメソッドなのだ。
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posted by アンリ・クリスチャン at 06:02| Comment(0) | 第4章「ネオデジタル内観」実践法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月26日

◆チェック4 「現在も過去も一点である」と認識できるか

『絶対変革』より↓↓↓↓↓


【ものごとを迅速かつ細かく切り刻んでいくと、
いままで理解できなかった小さいものごとがわかるようになってくる。
当然、生命現象の不思議に感動し、こまやかな優しさの気づきが顕現してくる】


前述のように、細かく細かく切り刻むネオデジタル内観を体得すると、生命現象の不思議、時の移ろいといった一つ一つのことに感動が生まれてきます。
それを最高のよろこびとして実感できるようになります。
いままで肉眼では見えなかった部分が虫眼鏡を使ったように見え始め、さらにどんどん倍率があがっていきます。
最後は、電子顕微鏡を見ているように、細かいところが発見できるようになります。
たとえば、草花を例にしましょう。
いま見て、そして次の瞬間にもう一度見れば、小さな芽が元気よく膨らんできているというようなことが実感できて、生命現象の不思議やこの世界のすべての営みに感動します。
感動というのは、その一瞬一瞬に、前回とは違うことがらを発見するから起こります。
発見は時間とともに絶えず変化し、私たちによろこびを与えてくれます。
時間とともにあらゆるものは変化していきます。
すべての生命あるものは生まれて成長し、膨らみながら萎えていき、朽ち果てる方向に進みます。
そして、また新しい生命が生まれてきます。
そうした生命の循環現象など、普通は漠然とした認識しかありません。
しかし、ネオデジタル内観を実践していると、すべてのことがらが鮮明になってきます。
「何かを知りたい」ととくに思わなくても、すべてが見えてきます。
「真の気づき」を体得すると、たとえば、いままで占いに興味があったとしても変わります。
占いは統計学的なものですが、そうした積み上げられた数字や類推に興味がなくなるのです。
なぜなら、「過去も現在も一点である」ということを知るわけで、すべてがわかっている状態を自分のなかで確認しているからです。
そして、何の不安も恐怖もなく、日々はやすらぎ、必要なものはすべて与えられているという充実感を獲得するのです。

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少し前に「動物占い」の話をしたが、動物占いは四柱推命を基にした統計学なので、自分の本質を知る上である程度の参考になると思う。
ただ、ネオデジタル内観を始めると占いに興味がなくなってくるのは事実である。
私はもともと占いに強い興味を持っていて、森田健氏が広める「六爻占術」の習得も考えていた。
しかし、占わなくても運命を好転させる方法を知り、占いをする必要がなくなった。

根本的に運命を好転させる方法は、何と言っても「内観」である。
内観によって思考パターンが変わり、思考パターンの変化によって行動パターンが変わり、その結果、カルマ(因果)が変わるからである。
また、真我に目覚めると、魂との会話によって知りたい事を知る事が出来るようなる。

更に、私は「夢占い」を行なっている。
「占い」という名は付いているが、的確に言えば「夢分析」で、夢日記を書き続ける事で、ある一定のパターンを発見する事が出来る。
それによって、自分の思考パターンを知ったり、潜在意識からのメッセージを知る事が出来る。

「過去も現在も一点である」という認識は少し理解し難いが、日月神示にも
「この神は現在も尚、太古を生み、中世を生み、現在を生み、未来を生みつつあるのぞ」
と示されている通り、霊界は過去・現在・未来が同時存在していると言われている。

それを示すエピソードは数多くあるが、人間界の亜空間でも過去や未来と接触するという事件が世界各地で記録されている。
確かに、この3次元では時間は過去から未来に流れているが、意識は「過去も現在も一点」なのかも知れない。
私自身、ネオデジタル内観を始めて以降、時間の流れが時系列的なものではないという感覚を実感している。
posted by アンリ・クリスチャン at 03:32| Comment(0) | 第4章「ネオデジタル内観」実践法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月24日

◆チェック3 感情を切り離せば細部が見えるようになると思うか

『絶対変革』より↓↓↓↓↓


【デジタル思考は冷たい、あるいは、感情を切り離せば冷たくなるという人がいる。
じつに愚かなことである。
感情は感情であるために、思考を切り離せば自我がなくなり、心が一段と大きくなれる。
大きい無限大の意識こそ、すべてを生かす「愛」なのである】


感情を切り離すデジタル思考を実践すれば、客観的に細部にわたってものごとが見えるようになってきます。
しかも絶対に冷たくなるなどということはありません。
「アナログは温かく、デジタルは冷たい。犯罪をおかす人はデジタル思考の人が多い」
こんなことをいう学者がいますが、これはほんとうのデジタル思考を知らない学者です。
そのような人は世の中を混乱させ、人心を惑わせるだけです。
犯罪は、不安や恐怖や嫉妬、それに怒りなどの感情が異常に高まった結果です。
通常であれば理性でコントロールできるのですが、感情の高まりが異常であるため、感情の制御がきかずに犯罪行為におよんでしまうのです。
犯罪はあくまでも感情の異常な膨らみによる歪みであり、アナログ的行為であるということを知らなければなりません。
暴力や戦争を誘発するのもアナログ思考です。
しかし、人間の頭脳はしょせんアナログであり、完全なデジタル思考にはなりません。
しかし、ネオデジタル内観というまったく新しい方法でデジタル思考を模倣することで、真理が理解できるようになるのです。
いままで、既成観念や感情など、いろいろなことにとらわれて見えなかったことが見え、気づかなかったことに気づくようになってきます。
さらに、デジタル的に細かく細かく切り刻めば切り刻むほど、こまかなところがわかってきて、温かい思いやりなどが必然的に出てくるのです。

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日月神示にも「人間心捨てよ」とあるが、人間心とは「感情」の事である。
感情がないと人間ではないと思っている人は多い。
感情が「自分」だと信じている人が沢山いるが、それは大きな間違いである。
感情は左脳の働きによる「自我」に過ぎない。
前にも紹介したが、いくつもの惑星の輪廻を終了した存在も同じ事を説いている。

「自分で自分をコントロールするということだ。
すべての感情に縛られてはいけない。常に自分を客観的に見て、
マイナスな感情には影響されないようにすることだ」


感情を切り離すデジタル思考は、自我を消して無我(無限我)になるということなのだ。
posted by アンリ・クリスチャン at 05:16| Comment(0) | 第4章「ネオデジタル内観」実践法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月23日

◆チェック2 感情を切り離せるか

『絶対変革』より↓↓↓↓↓


【人はだまされやすいものである。
感情に働きかけられると、すぐにだまされてしまう。
感情を納得させる方法をうまく使えば、どんなことでも真実らしくなってしまう。
人は感情によってくっついたり、離れたりする。
真理はそんなにコロコロ変わるものではない。
ほんとうのことを知るには、感情を切り離さなければならない】


感情に働きかけられると、それが真実らしく見えてしまうものです。
その原理は宗教の勧誘に利用されるほか、思想やいろいろなビジネスにも活用されています。
ネオデジタル内観の目的は、現実直視の「真の気づき」であり、真実を把握することです。
そして、思考を超えた「普遍的な真理の獲得」ですから、感情を満足させるようなことは冷静に、そして客観的に見なければなりません。
「冷静に、客観的に見る」とは、感情をまったくはさまずに、また何らかの既成観念もはさまずに観察することです。
ですから、デジタル的に感情を切り離すネオデジタル思考の体得が必要です。
ネオデジタル思考を体得して初めて、ネオデジタル内観が実行できるのです。

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騙されまいと思う人は、過去に人に騙された経験があるからである。
その「騙されまい」と思う気持ちは、ある種のトラウマから生まれた警戒心である。
「信じる者は騙される」「人を見たら泥棒と思え」という心理で、自分をガードしているのである。
そういう人は必ず再び騙される。
何故なら、その想念こそがカルマとなっているからである。
どれだけ疑心でガードを固めても、感情や経験則に基づく考えで判断する限り、必ず同じ事を繰り返すという法則があるのだ。

「騙したいものには、一先ず騙されてやれよ。騙されまいとするから騙されるのであるぞ」
「神の御用と申して、まだまだ自分の目的立てる用意してゐるぞ。
自分に自分がだまされんやうに致してくれよ」
「自分自身にだまされてゐる人民も多いのであるが、ついて御座れよ、
少しは苦しき行もあるなれど見事なことを致して御目にかけるぞ」


日月神示によると、自分に騙されている人も多いという。
自分(自我)に騙されているから他人に騙されるのである。
真の意味で素直な人間は他人に騙される事はない。
真の意味で人を信じている人は、他人の言葉に騙されることはない。
それは「真理」を知っているからである。

ネオデジタル思考の体得…それは脳波をシータ波にして、自我を消滅させる事で簡単に体得できる。
自分で確認していない事を信じるのを「信念」、確認した事を信じるのを「確信」という。
同じ「信」でも全く異なるものであり、前者は幽界、後者は悟りの世界である。
真理は1つであるが故に、後者の主張には一貫性がある。
まずは自ら真理を体得する必要があり、その為に脳波をシータ波にする必要があるという事だ。
肥田式腹式呼吸法を日課にし、可能なら純粋な「ヘミシンク」を利用して頂きたい。
posted by アンリ・クリスチャン at 06:39| Comment(0) | 第4章「ネオデジタル内観」実践法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする