2010年08月31日

「つまらない」と思っていた日常生活に感動が

『絶対変革』より↓↓↓↓↓


大阪府 A・K(二五歳・OL)

■机の上のテープレコーダーで認識の練習をすると

いま、認識のスピードアップ用のリストづくりをしています。
じつはほんの10日ほど前、500個のリストをつくっていたのですが、先生から
「いろいろなものを見ていくのではなく、一つのものにとどまって、細部までじっく
り観察してみてください」
というアドバイスをいただきました。
そこで、もう一度つくり直しているのです。

周りを見渡して、机の上にあったテープレコーダーから始めることにしました。
ウォークマンに比べたら、このテレコはつくりが大きくて、分厚いものです。
見た感じもスマートでないために、いままであまり好きではありませんでした。
それまでのスピードアップの練習では、いつも「嫌い」にわけられています。
あまり気乗りもせずに始めた観察でしたが、観察すればするほど、細かい部分にまで気が配られているのを発見して、このテレコにすっかり感動してしまいました。
いままで気がつかなかったほんの小さな出っ張りやカーブ、単なるデザインのように見えた微妙な形の変化、場所によって使い分けられている材質の違い……。
最初は「何これ?」という思いしか感じなかったのですが、よく見ていくと微妙な違いに意味が発見できました。
全部が使いやすくするための小さな工夫でした。
「よくもまあ、これだけの気配りを!」と感動してしまいました。
見た感じはあまり恰好よくないボタンが、触ってみるとほかよりも触りごこちがよかったり、また押しやすかったりします。
そして、形や大きさだけでなく、ボタン一つ一つの高さや手触り、押すときの感触を微妙に変えてあり、見なくてもどのボタンかわかり、操作を間違えないようにしてあるのです。
一つ発見するごとに、つくった人たちの優しさを感じました。
デザインした人はもちろんですが、それほど高価な製品ではないのに、小さなパーツや材質、つくりまで変えるなんて、採算が合うようにするには大変だったでしょう。
「いろいろな人がいろいろなところで知恵を寄せ合い、議論して工夫していったんだろうなあ」と、その光景が目に浮かぶようでした。


■「つまらない」と思っていたテレコが愛しく感じられた

このテレコがとくにそうなのか、それとも、いままで見ていなかっただけでどんな製品もそうなのかわかりませんが、とにかくテレコの外観だけで無理なく95個も書くことがあってびっくりしました。
スピーカーの穴も、はじめて一つ一つ数えました。
それまでにもスピーカーの穴の数を数えたことはありましたが、穴の並び方には法則性があり、簡単な算数の計算式で計算できます。
「穴を一つ一つ数えるなんて効率の悪いバカなことだ」と思っていましたが、今度は一つ一つの穴を数え、合計234個の穴があることをこの手と目で再確認しました。
穴を一つ一つ数えながら、スピーカーの端から真ん中にかけて微妙な膨らみがつけてあることを発見しました。
「こんなところもデザインする人がいるんだ」と思い、数えることの中にもまったく別の発見があることも知りました。
左右に動かす小さなボタンのところには、枠があります。
最初は型抜きのときにできた線だと思っていました。
「つくりが粗いな」と思っていたのです。
でも、触ってみたら、そこだけはほかよりスベスベしています。
ボタンが操作しやすいように、そこだけ変えてあったのです。
その微妙な滑らかさの違いをよく見たくて、ルーペを取り出しました。
ルーペで見て、やっとわかるくらいの違いです。
でも、指先の感覚ではハッキリわかります。
前に指紋の溝の深さが0.00何ミリとかで、精密機械をつくる人はわずか数ミクロンの凹凸を指先で感じるという話を聞いたことがあります。
自分の指紋をルーペで見てみました。手や脚の皮膚、それにうぶ毛や服の繊維の違いとかも見てみました。
匂いを嗅いだら、服の一枚一枚がまったく違う匂いでした。
手は部分部分で匂いが違って、指のつけ根にお昼に食べたハンバーガーの匂いがわずかに残っていたし、手首のあたりには朝つけた香水の香りがまだ残っていました。
指先から手首まで、ほんの15センチか20センチの間に、いろんな匂いがあってびっくりしました。
改めてテレコを眺めると、つまらないと思っていたテレコ、どうでもよかったテレコが、とても愛しいものに映りました。


■ただ鈍感なだけだった自分が見えた

観察を始めて2時間くらいの間に発見や驚きがいっぱいあり、満ち足りた気持ち、幸せな気持ちになりました。
いままで、感動や発見はどこかへ出かけて得られるものだと思っていました。
日常生活には感動はないと思っていました。
「日常生活はつまらないものだ」と思っていましたから、平凡な日常生活に満足して幸せそうにしている人たちの気持ちはわかりませんでした。
「つまらない人たち」、「つまらない人生」と思い、バカにしていました。
だから、感動を得るためにいろんなところへ出向き、特別に刺激的なことをしようともしていました。
でも、反対だったんです。
私が鈍感だったんです。
毎日の小さな変化や身の周りの人たちのちょっとした心づかいを感じ取ることができなかったんです。
私が鈍感なばっかりに、よほど大きな刺激がないと感動できなかっただけなんです。
よほど大きなプレゼントをもらわないと、「ありがたい」と思えなかったんです。
気づいてみれば、大雑把で鈍感な私でした。
いままで何回か過去の反省をしたりしてきましたが、イヤな思い出ばかり蘇って、暗い気持ちになりました。
被害者意識が強く、恨みや憎しみの気持ちを消すことができませんでした。
山本先生から、「生かされていることに対する感謝の気持ちを持ちなさい」といわれても、ピンときませんでした。
いま振り返ると、両親や家族、周りの人たちの気づかいや優しさが蘇ってきます。
「どうしていままで感じ取れなかったんだろう」と、自分勝手な私をずっと見守ってくれていた人たちに申し訳なく思いました。
ありがたくも感じました。
いままでたくさんの人たちの優しさを無視し、それに応えるどころか逆に傷つけることばかりしてきた自分、そのうえちょっとしたことを根に持って恨んだりしてきた自分、そんな自分の姿が見えました。
きっと、いままで気がつかずに通りすぎてきたたくさんの優しさ、気づかい、心配りがあると思います。
そうしたものが一つ一つ見えてきたら、いろいろなものへの愛しさが私を包んでくれると思います。
まだ一歩歩き出しただけですが、これから先、どんな発見と感動があるのかとても楽しみです。

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内観をすると幸感力(幸せを感じる力)が高まり、日常生活の中に歓喜と感動と感謝に満たされるようになる。
尚、ハイパーネオデジタル内観では肉食を禁止とする為、ハンバーガーなどは禁物である。
肉食は血液を汚して健康に悪いだけではなく、殺された動物の怨念に憑依されることになるからだ。
この話には科学的根拠があるので、神泉組1を参照して頂きたい。
肉食は内観の妨げになるので極力控えるべきだが、逆に内観をして真我に目覚めてくると、自然に肉食を受け付けなくなってくるものである。

血液の浄化には、水を毎日2リットル以上飲むことが基本だが、
自然に肉食を受け付けなくなってくる「梅雲丹」を紹介しておこう。
http://www.bahyu.com/top_baiuntan/kouyou.html
posted by アンリ・クリスチャン at 16:48| Comment(0) | 第3章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月30日

進学塾を経営する私の息子が、突然、不登校に陥って

『絶対変革』より↓↓↓↓↓


富山県 Y・Oさん(44歳・進学塾経営)

■優等生だった中2の息子に異変が起きた

中学二年になってしばらくして、息子に異変が起こりました。
小学校の頃からずっと成績優秀を通し、積極的なリーダー格だった息子が急に不登校になったのです。
その年は梅雨に入って寒い日がつづき、息子も風邪を引いたようでした。
3日、4日と学校を休みましたが、最初は「風邪が治り切っていないのだろう。
治ってからいけばいい」と、あまり気にとめてもいませんでした。
ところが、咳もおさまったのに、何となく元気のない顔をして登校しようとしません。
家内が様子を尋ねても、「気分がよくない」とか「お腹の調子が悪いから、学校
へいって気分が悪くなったらイヤだ」というばかりです。
十日目をすぎ、私もとうとう子供を怒鳴りつけてしまいました。
次の日から2日間、子供は学校へいきましたが、3日目に「吐き気がする」と青白い顔で早退してきました。
それからまた、不登校が始まりました。
病院へ連れて行くと軽い胃炎と診断され、薬をもらってきましたが、飲んでいるふりをしてトイレに流していたようです。6月も下旬になっていましたが、7月の始めには期末試験があります。
そのことを指摘すると、「勉強していればいいだろう」と一人で問題集を広げて勉強するようになり、試験の日だけは登校して試験を受けてきました。
夏休みがくれば、少しはよくなるかもしれない。休みになれば、私も息子の不登校を悩まずにすむ。
「早く夏休みがきてほしい」と、それだけを願いつづけました。
夏休みに入ると息子の顔色もよくなり、友達と遊びに出かけるようになったので、一件落着かとホッとしました。
私も忙しく、あまり話しかけもしないうちに夏休みがすぎていきました。
しかし、新学期が始まっても、息子は学校へいこうとはしません。
家内もだんだんイラ立ち、私と家内の間でも口げんかが絶えなくなっていきます。
息子は、私に対しては面と向かって反抗せず、ただ不機嫌な顔をして横を向くだけでしたが、家内には何かと反抗してつっかかるようになっていました。


■順風満帆の塾経営だったが

中学生の子供の不登校は、親にとって大問題です。
このまま子供が学校に行かなければ将来はどうなってしまうのか、親として何もできないのか、親としては苦しい状態です。
しかし、私にはそれ以外の悩みもありました。
じつは、私は中学生を対象にした進学塾を経営していたからです。
「中学生の教育にたずさわる人間が自分の子供の不登校も解決できない」ということになると、たいへんな痛手になってしまいます。
私の住む富山県は、昔から非常に教育熱、進学熱の高い県として知られています。
私も、東京の大学に進み、富山色の強いある会社に就職しました。
しかし、長男ということもあり、親の希望から地元にもどって進学塾を開きました。
もともと哲学や教育学に興味があり、また田舎にいても自分を高めたいという強い気持ちを持っていました。
そのため、自己啓発や精神世界系のセミナーには積極的に参加したりと、一年に数回は上京していました。
塾でも、「子供の教育は親の教育から」をモットーに掲げ、3ヶ月に一度は生徒の親御さんを呼んでミニ講演会を開いたり、また親御さんの相談に乗ったり、カウンセリングをしたりと、自分でいうのも何ですがユニークな塾運営を心がけてきました。
中学生はちょうど思春期の不安定な時期ですので、親に反抗したり言うことを聞かなくなる子供も多く、親を対象にした講演会やカウンセリングは好評を集めました。
よく米騒動を引き合いに語られますが、富山の女性はしっかり者が多く、働くことにも抵抗がありません。
そうした気風が女性の高い大学進学率になってもあらわれています。
ですから、お母さん方のなかにも高学歴で職業を持たれている方が少なくなく、教育熱心な方が多いのです。
ミニ講演会は塾生の親御さん以外にも公開していましたから、口コミで評判が広まり、話を聞きにこられた方があとで子供を入塾させるケースも少なくなくありませんでした。
思った以上に経営は順調に伸び、「学校の先生よりずっと親身に相談に乗ってくれる」と言われ、私もそれを誇りにしていました。
その誇りと自信が、中学生の息子の不登校で揺らいでしまったのです。


■解決策をインターネット情報に求めた末に

中学校には医者の診断書と自宅療養の旨を伝えていましたので、塾の生徒の親御さんたちも息子は病気だと思い込んでいるようでした。
登校拒否をしていることは、だれにも知られていないようでした。
しかし、夏休みも終わって不登校が半年近くにもなると、息子の登校拒否の噂は生徒たちの親の間に広まり始めていました。
だれかに相談して火に油を注ぐことになれば、塾の経営にも支障が出てきます。
そこで私は、インターネットに頼ることにしました。
これならば相手にこちらの事情を知られる心配はいりません。
教育系や医療系のホームページにアクセスし、普通の親の顔をしてメールで相談を持ちかけたりしました。
しかし、返ってくる答えは、そのへんの教育雑誌に書かれているような内容と大差のないものばかりでした。
あるとき、たまたま山本先生のホームページを目にし、他のものとは内容が違うと思い、興味を抱きました。
内観という言葉は知っていましたから、「一度会ってお話をうかがいたい」とメールを送りました。
じつは、そのときの私は、自分ももちろん内観を試してみるつもりでしたが、それよりも子供や家内に内観をさせたいという気持ちが強くありました。
面談にうかがう日、私は息子も一緒に連れて行くことにしました。
ほんとうのことをいったら拒否されると思い、「大学時代の友人が一度遊びにこないかと誘ってくれたから、気晴らしに東京に遊びにいこう。
お父さんの通った大学も見せてやる」とウソをついて誘いました。
先生のところに着いて私が話し始めると、息子は自分がだまされたと知って猛反発し始めました。
私は頭に血がのぼり、いままで抑えつけていた感情が爆発し、すごい勢いで息子を怒鳴りつけてしまったのです。
すると、先生はこう言われたのです。

「いい加減にしなさい。だまして連れてきたのだから、子供さんが怒って当たり前でしょう。
あなただって、人にだまされたら怒るでしょう。
さっきから、『お前のために』とか『お前の将来』とか言っているけど、
あなたが考えているのは自分の体面、自分の現在、自分の将来ですよ。
ほんとうに子供のことを思っているのなら、そんな言葉が出てくるはずはない。
あなたは教育者として失格です。塾なんかやめてしまいなさい」


■自分の本当の気持ちに気づき、思わず涙がこぼれた

あまりの言葉に、私は呆然としました。言葉が喉につまり、反論もできません。
そんな私に、あるミニ講演会での自分の言葉が蘇ってきました。

「思春期というのは、たしかに心身の発達がアンバランスで、
精神的に不安定になりやすい時期です。
動物でいえば、それまで口を開けて親からエサをもらうだけだったのが、
エサをとる練習を始め、巣立ちの準備を始める時期です。
人間も同じです。言われたことを鵜呑みにしていた時期から、
自分で自分の将来を考え始めるようになる時期です。
親自身がまじめに自分の生きがいを見つめていれば、
親を尊敬することはあっても、反抗するはずがないじゃないですか。
反抗期なんてないんです。自分をしっかり見つめられない親は、子供を見つめられません。
親がいくら『子供のため』を連発しても子供は敏感です。親の裏を見透かし、反発するんです。
そんな言葉の先にほんとうの幸せなんかないことを直感的に見抜いているから、
親の言うことを聞かなくなるんです」

こんな立派なことを、私はお母さん方に言ってきました。
立派な教育者、親と子供の心を知っている教育者、自分の子供をしっかり育てている塾の経営者……。
それが私の一つの面でした。
そして、自分の子供が不登校に陥った瞬間、それらの像がガラガラと崩れていく恐怖におびえてしまった私……。
そんな想いが津波のように一気に押し寄せ、思わず涙がこぼれてしまいました。
そうです。私が守ろうとしたのは体面でした。
家内が「高校の恩師に相談に行ってみる」と言ったときも、私の体面がそれを止めさせました。
黙り込んでしまった私に代わり、横に座っている息子はニコニコして先生と話し始めました。
学校も勉強も嫌いではないこと。将来何になりたいかはまだ決めていないが、やりたいことがあること……。
この半年、親に向かってはろくに口もきかなかった息子が、楽しそうに、そして親の前では見せたことのない大人ぶったしっかりした口調で話しているのです。
先生は私に向き直ると、諭すように言われました。

「しっかりした素晴らしい息子さんじゃないですか。あなたも見習わないといけませんね。
息子さんはよけいなアカがついていませんから、自分のことも周りのこともよく見えるんです。
あなたはよけいな知識がつきすぎて、周りが見えなくなっている。
整理して、よけいなものを捨てていかないとダメですね。がんばって、内観してください」


■当たり前の顔をして学校に行き始めた息子

富山に帰ると、子供は母親にいままで心配かけたことを詫びました。
家内はキツネにつままれたような顔をしていましたが、次の日から息子は、登校拒否などなかったような当たり前の顔をして学校に通い始めました。
いま考えると息子は、ありったけの力を振り絞って、私の生き方に意義申し立てをしてくれていたのです。
この一件がなければ、私は自分の生き方を振り返ることもなかったでしょう。
塾をやめるかどうか、それはまだ結論が出ていません。
経済的なこともあるので、家内や息子とよく相談しながら結論を出していきたいと思います。
人間の価値は、地位や学歴で決まるとは思っていません。
しかし、そういうところをパッパをかけたほうが親御さんの受けがよく、生徒が集まることも事実です。
ギリギリの成績で高校へ入れば、授業についていくだけで子供はたいへんです。
それを知りながら、子供の気持ちよりも、そこに合格すれば親の体面は保たれます。
そして、そのために月に何万円という月謝を親は払っています。
たしかにそれは教育ではないし、教育熱心な親でもありません。
これまでそうした親に訴え、私たち家族は生活してきました。
いままでの塾のあり方と教育を、根本的に見つめています。
内観によってどういう道が拓けるか、たいへん楽しみにしています。
まったく新しい塾の構想が出てくるか、あるいは塾を閉鎖するか。
どちらにしても、そこには新しい自分がいるはずです。
あのとき先生の前で流した涙、あの涙は新しい自分の始まりです。
その涙を忘れずに、ネオデジタル内観を続けたいと思っています。
富山と東京、途中まで新幹線はできましたが、まだまだそう簡単に往復できる距離ではありません。
家内もやりたいと言い出しましたので、いまパソコン相手に2人でネオデジタル内観を始めています。
息子と山本先生、それに家内に感謝しています。

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この塾の経営者は、息子が不登校にならなければ、ネオデジタル内観に出会うことはなかった。
だから、息子に感謝して当然である。
もし、何もなかったとしても、親が子供に感謝できなければ親失格である。
「子は親の鏡」であるから、子供に感謝できない親は子供に感謝されない。
「子は親の鏡」であるが故に、子供を観るのも内観である。
「親を尊敬しろ」「親孝行をしろ」「親に向かって……」などと、一方的に上から目線で接するようでは円満な家庭は築けない。
そこで宗教などに走ったりするというのは笑止千万。

私も不登校をしていたが、子供は大人が思っている以上に何でも分かっている。
むしろ、大人と同じように接するべきである。
小学校高学年くらいになれば、大人と同じだと考えて良い。
次世代を担うのは今の子供たちなので、教育は非常に重要である。
教育とは、放任主義で自由にさせるのが良い。
悪い事をしても説教をする必要はない。
説教をしなくても子供は分かっているのである。
むしろ、説教は逆効果になることの方が多い。
ここで教育論の話をしても仕方ないので止めておくが、
「子は親の背中を見て育つ」という事を認識し、
広い愛で包み込んでいればそれ以上は余計な事をしない方が良いのである。
posted by アンリ・クリスチャン at 13:01| Comment(0) | 第3章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月06日

いろいろな回り道の末に出会った本物の内観

『絶対変革』より↓↓↓↓↓


東京都 K・Tさん(49歳・主婦)

■精神世界への興味が自分から実感を奪ってしまった

ネオデジタル内観に出会うまで、私はずいぶんと寄り道をしました。
子供たちが学校に通うようになり、やっと時間の余裕ができましたので、以前から興味のあったヨガ教室に入ったのがそもそもの始まりでした。
最初の頃は、教室が終わったあとの気の合った人たちとのおしゃべり、それに食事やお茶が楽しみでした。
でも、だんだんとそんなお付き合いに物足りなさを感じ、講師を目指して本格的に勉強し始めました。
健康法としての呼吸法、ヨガのアーサナ、そして整体や心理療法など、身体と心に関することを身につけていきました。
潜在意識の鍛錬として密教の世界や神道にも首を突っ込み、精神世界に熱心に関わるようにもなりました。
ところが、こうした修業をすればするほど知識ばかりが頭の中で空回りし、足が地につかない状態に陥ってしまいました。
現実感覚がなくなり、自分が実感できなくなってしまったのです。
そんなとき、ある人から、自分の内側を掘り下げていくという内観を紹介されました。
自分の浄化にもいいのではないかと思い、主人に相談して、どうにか一週間の時間をつくりました。
一週間の間、畳敷きの狭い部屋にこもり、いままでの人生を振り返って、してもらったこと、お返しできたこと、お世話になったことなどを調べました。
普段から涙もろい私ですから、すっかり感情を揺さぶられ、母や父、それに現在の家族にどれだけ傲慢であったかに気づき、申し訳なさで泣きはらして一週間が過ぎました。
内観所を出たときは、心がすっかり洗い清められたような感じでした。


■内観所での成果は現実の前にすぐに無力になった

しかし、日々の生活に戻ると、あれほどの感謝の気持ちも次第次第に薄れていきます。
いつしか、まったくもとの自分に戻ってしまいました。
一週間の内観所修業であれだけ感謝の心を感じ、心が洗い清められたような感じがあったのですが、それは一時しのぎの浄化にすぎなかったのです。
一瞬であっても、内観が私の心を清めてくれました。
だから、内観自体は意味のあることだという感じはありましたが、普通の生活に戻れば元の黙阿弥では困ります。
そこで、もっと効果のある内観、本物の内観を探し始めました。
そんなときでした。山本先生の書かれた『あなたのなかに、すべてがある』という本に出会ったのです。
本を読むうちに、従来の内観ではどうしてもうまくいかなかった点を改良した自己変革システム、それにデジタル内観という不思議なネーミングに興味を覚えました。
さっそくに面談をしていただきました。そのとき、先生からこう言われました。
「興味本意では長続きしませんから、そこだけはよく考えてください」
続くかどうかの自信はありませんでしたが、とにかくネオデジタル内観を始めることにしました。
ネオデジタル内観を始めた動機は、二つありました。
一つは、頭が知識でいっぱいになって現実から離れてしまった自分を取り戻すことです。
もう一つは、宗教や精神世界に興味を広げていったときと同じで、「いま教えている健康法をより確かなものにまで高めたい」ということでした。
その一つの手がかりになればいいと思ったのです。


■現実との関わりの中で、本当の自分に目覚めたい

いざ始めることは決めたものの、「忙しいから今できないけど、それは仕方がない」とか、「もう少ししたらちゃんとやろう」とか言い訳ばかりする日々を送っていました。
毎月、会報が郵送されてきます。何度か面談も受けました。
そうした折々に、山本先生の熱意を感じ、言い訳ばかりしている自分をただただ情けなく思ったものです。
こんな私でしたが、一歩踏み出していろいろ観察してみると、今まで人のためになると思い、ひたすら技術の向上に努めてきた健康法自体に疑問を感じ始めました。
他力的な苦痛の除去や手当ては病気をさらに増幅させるもので、病気を根本的に解消するものではないことを知りました。
調和・不調和の観点からすると、今まで教えていた健康法は不調和を助長するということがわかり、健康法の指導はやめることにしました。
いま私は、現実との関わりの中で、本当の自分に目覚めたいと思っています。
パソコンを使うネオデジタル内観は、より扱いやすく、効率的にもなっています。
楽しみながら内観ができるようになってきましたし、先生の適切なアドバイスが何といっても力強い味方です。
まだまだ浅い内観ですが、自分を守ることばかり考えていること、自分が勝手につくりあげてきた既成観念にがんじがらめになっている自分の現実、つまらないこだわりに振り回されている自分が見えたりして、おもしろいものです。
ネオデジタル内観にたどり着くまで、いろいろな回り道をしました。
でも、そうした回り道があったからこそ、ネオデジタル内観にめぐり合ったときにその真価がわかったのだと思います。
これからも、日々の生活の中でのおこないや言葉をより一層厳しくチェックしながら、内観を深めていきたいと考えています。

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宗教や精神世界に没頭する危険性がよく分かる記事だと思う。
このK・Tさんの場合はヨガなどの健康法も行なっていたので、まだ心身のバランスがとれていたようだが、宗教や精神世界で得るものは結局「知識」であり、意識進化の妨げになるケースも多い。
その事は「世界平和の実現は内観から」で詳述した通りである。
http://world888.seesaa.net/article/149725373.html

また、低級霊と波長が合って、霊媒体質・霊媒心質になっていく人も多い。
『日月神示』には、宗教や精神世界の洗脳を解く効果もあが、その神示ですら「ハラに入れたら一度捨てよ」と示されている。
私は宗教・精神世界・スピリチュアル系だと勘違いされる事が多いが、実は全く違うし、日月神示原理主義者でもない。

さて、内観道場で内観の効果を感じても、日常生活に戻れば元の木阿弥……
「この世は修行の場」と言われている通り、この世俗の中に生きて意識進化を図る事が大いなる修行なのだ。
その事は「従来の内観はここに問題があった」でも詳述した。
http://world888.seesaa.net/article/148665421.html

自分で自分をコントロールし、すべての感情に縛られず、常に自分を客観的に見て、マイナスな感情に影響されないようにすることが世俗での修業なのだ。
その為に、ハイパーネオデジタル内観が存在するのである。

また、「他力的な苦痛の除去や手当ては病気をさらに増幅させるもので、病気を根本的に解消するものではないことを知りました」との事だが、『日月神示』にも同様の事が記されている。

「邪道的要求を容れて一時的に病気を治すと、それに倍してブリ返すぞ」

私もヒーリング能力があるが、そういった理由で人の病気治しはしないようにしている。
「天は自ら助くる者を助く」という言葉があるが、重要な事は自分で真の健康を獲得する事であり、それは内観とも無関係ではない。
そこで私は、「神泉組1」とワンセットで広める活動をしているのである。
posted by アンリ・クリスチャン at 04:07| Comment(1) | 第3章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月05日

「トイレのないマンション」それは私のことだった

『絶対変革』より↓↓↓↓↓


神奈川県 N・Iさん(34歳・元環境NGOスタッフ)

■環境問題に取り組んでいた私の三つの疑問

二十代の頃から環境問題に関心を持ち、少し前までアルバイトをしながらある環境団体の専属スタッフとして活動していました。
ネオデジタル内観を知ったのは、インターネットで環境関連の情報を集めている時です。
自分の活動に少し疑問を感じ始めていた時でもあったので、さっそく資料を請求しました。
私の疑問はいくつかありましたが、大きく分けると三つになります。
一つは、環境問題がブームで終わってしまうのではないかという危惧です。
ここ数年マスコミなどで環境問題は盛んに取り上げられていますが、果たして根付くのかという心配が私にはあったのです。
次に、日常生活の見直しが大事ということで、暮らしの中でのリサイクルの工夫がいろいろ紹介されたりしていますが、本当にそんなことで環境問題が解決されるのだろうかという疑問です。
最後が、一緒に活動している人たちの姿勢への疑問です。
よくいえば個性的、悪くいえば他人の意見に耳を貸さない頑固者が少なくないのです。
こうした疑問が心の中に広がり、以前のような純粋な気持ちで活動できなくなっていました。
私の最大の問題は、純粋な気持ちで活動できなくなっている自分への苛立ちと焦りだったのです。
ネオデジタル内観の資料を送っていただき、山本先生とメール交換を始めました。
先生のメールの一つに、「個々の意識の変革浄化なしに環境浄化はありえない」という言葉がありました。
これは今まで私たちがやってきたこと、考えてきたことと似ていました。
「日常生活の見直し」、「個人の意識からしか環境問題は解決されない」と私たちも考えていたからです。
しかし、じつは全く違うことだったのです。
先生とのメールのやり取りの中で、私が抱いていた疑問が何だったのか、その正体が少しずつ明らかになっていきました。


■自分の気持ちがわからない

今の環境問題でのやり取りは、現象面に終始しています。
ゴミが多すぎて困るから減らす、あるいは再利用の方法を考える。
温暖化が進むと困るから二酸化炭素の排出量を減らしたり、フロンの使用を制限する。
埋め立てが進むと鳥や魚の棲むところがなくなるから、埋め立てに反対する。
そして、それらは政府や企業、自治体に対する抗議であったり、一般市民への呼びかけであったり、ライフスタイルの見直しだったりします。
しかし、こういう問題が生じるに至った原因、こういう問題を発生させた人間の思考にまでメスを入れるということはほとんどありませんでした。
考えないこともなかったのですが、「心の持ちようを変えなくてはいけない」といった程度にとどまっていました。
各地で色々な問題が生じています。
その一つ一つに対策を立てることは、たしかに一時的に効果はあるでしょう。
でも、あるところを押さえればまた別のところから新しい問題として現れて来るだけで、いつまでたっても改善の方向には向かわないように思いました。
人間存在の在り方やエゴについて、学者や知識人、文化人といわれる方々は、哲学的に抽象的に評論します。
けれども、それは私の日常生活からは遠く感じられるものでした。
内観という言葉は、初めは聞きなれない言葉でした。
内観とは、毎日の生活の中で、自分が何に価値を置き、何を考え、どう行動しているかを見ていくことです。
だから、誰にでもできることですし、身近で簡単なことのはずです。
だって、自分を見ればいいんですから。
簡単なはずのそのことが、私の場合は難航しました。
素直な自分の感情、自分の気持ちが自分で分からないのです。
「こうだ」と思って書き出してみても、あとで見るとどこか空々しいのです。
毎日の反省も、「これはいけなかった。こうしなければいけない。○○に注意しよう」と、書こうと思えばいくらでも書けるのです。
でも、内容のない優等生の作文のようで、何だか他人事のようになってしまうのです。
内観の一つの手法として、いろいろなものを「好き」と「嫌い」に分けていく方法があります。
ところが、自分の目の前にあるものが好きなのか嫌いなのか、私にはわからないのです。
たとえば、車です。
私は小さい頃からドライブに連れていってもらうのが好きだったのですが、環境問題に関心を持ってからは移動には電車を使い、毎日の生活はもっぱら自転車を利用していました。
自分一人の移動のために、まして遊びのために車を使うなんてもってのほかです。
「車は好きだけど嫌い、嫌いだけど好き」、何だか恋人と別れるかどうか迷っているような感じで、結論が出ません。
そんな感じのものがいっぱいあって、私は宙ぶらりんの状態なのです。


■「内観は掃除と同じ」と言われて

先生からはよく言われました。
「あなたは考えすぎる傾向がありますね。考えるのをやめるようにしなさい」
何度もそう言われましたが、「考えるのをやめるって、どういうこと?やめてどうすればいいの?」と、また考えてしまいます。
そんな事の繰り返しでした。
あるとき、何かのついでに、私が新しいアルバイトを探しているとお話しました。
すると、先生はこうおっしゃったのです。
「アルバイトをするんだったら、お掃除のお仕事がいいですよ。
掃除は内観ととてもよく似ています。
両方とも、ゴチャゴチャ汚れてきたなくなったものからゴミを取り、きれいに磨いて整理する。
環境を良くしたい、世の中をきれいにしたいと思っているのなら、お掃除の仕事が一番ですよ」
「掃除のアルバイトなんて」と思いました。そんな恰好の悪い仕事は嫌だと思いました。
「あれはオバサンの仕事、ほかに働き口のない人の仕事だわ。友達に見られたら恥ずかしい」とも思いました。
そんな心を見透かしてか、先生は色々な話をして下さいました。
若い頃、先生も掃除の仕事をされていたこと。
地球上の生物で一番多いのが微生物で、その微生物が物を腐らせ、分解し、土に帰してくれるから循環が起こり、次の生命が生まれて来ること。
ハイエナやハゲタカは、人間が勝手に草原の嫌われものにしているけれど、死体や他の動物の食べ残しをきれいに掃除してくれていること。
言われてみれば、彼らがいなければ、草原のあちこちには死体が転がり、悪臭のたちこめるおぞましい世界でしょう。
私は、毎日、駅から電車に乗って移動しています。
もし、ゴミを集めてくれる人や掃除してくれる人がいなかったらどうでしょう。
きたない駅や街は荒れて寒々とした感じがありますし、いつもきれいにされているところは清々しくて気持ちもいいものです。
だからといって、「いつも私がこんなにきれいにしてあげているのよ」と偉そうに自慢する人を見たことはありません。
みんな黙々とゴミを集め、掃除されています。
それなのに私は、いままでそれを「ありがたい」と思ったことがありませんでした。
「見ているようで、見ていないことがいっぱいあるんだ」
私は、そう気づきました。


■先生の言葉の意味がずっしりと心に響いた

思い切って掃除のアルバイトを始めてみると、想像とはまったく違う世界でした。
掃除の手順や掃除用具一つとっても、至るところに創意と工夫があり、感心させられることばかりです。
ある日、仕事から帰ってきた私は、トイレの汚れが妙に気になって掃除を始めました。
便座の奥のほうは狭くて手が入りづらく、ホコリがたまっていても、いつも無視していたところです。
「つくるときは、掃除する身にもなってつくってほしいわよね」
そう独り事をつぶやきながら掃除していると、「トイレのないマンション」という言葉が頭に浮かんできました。
「トイレのないマンション」とは、反原発運動をおこなっている人たちが、原子力発電所を称して使った言葉です。
廃棄物処理の問題をタナ上げにし、具体的な処理の技術も対策もないままにつくられていく原子力発電所を、「トイレのないマンション」と表現したのです。
「きっと原発を推進している人たちは、トイレ掃除なんか考えてもみない人たちだろうなあ。
トイレ掃除をしている人が考えたら、あんな施設はつくらなかっただろうな」
そう思った次の瞬間、私は愕然としました。
ただ目の前の問題を解決する事ばかりを考え、あとを振り返らずに進んでいる人たち……。
欲しいものをつくりだすことと手に入れることだけに一生懸命で、あとは野となれ山となれの人たち……。
その姿勢は、現代文明が歩んできた姿そのものです。
そして、今の自分、今までの自分の人生の生き方でもあったと気づいたのです。
やりたいことを優先し、引き止めるものは振りほどき、ゆく手の障害物は踏み倒し、ただただ「これが私の生きる道」と突っ走ってきた自分……。
忠告してくれる者はうるさがり、賛同してくれる人とだけ付き合おうとしていた自分……。
そのことに気づかず、ただ企業や国や自治体、それにほかの人たちの生活スタイルを批判していた自分……。
「個々の意識の変革浄化なくして環境浄化はありえない」
そのとき初めて、先生の言葉の意味が見えたのです。
題目としての「意識の変革浄化」ではなく、自分の生活を通して、自分の生き方を通して環境をとらえなければならない。
そうでなければ、環境問題なんて語る資格がないと気づいたのです。
自分の気づかないところで、こういうことはいっぱいあるでしょう。
そういうものを見つけていくこと、そういうものが見えるようになること。
それが内観じゃないかと思います。
いまやっと、階段に一歩足をかけることができたような気がしています。

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かつて私はネオデジタル内観をする前に、心の学校の内観を受けた。
そして、環境問題を考えてNPO法人設立の申請を出した。
また、私はアルバイトは絶対にしないと固く誓って生きてきたが、内観のせいかそのような拘りがなくなり、掃除のアルバイトをしようと考えていた。
その頃はまだこの本を読んでいなかったので、環境問題や掃除のアルバイトに興味を持ったのは偶然だった。

結局、掃除のアルバイトではなくホストクラブのバイトを選んだのだが、そこで待っていたのは徹底的な掃除だった。
トイレはもちろん、おしぼりで床の拭き掃除……営業時間外の仕事なので無償の労働だった。
そのアルバイトはある理由で数日で辞めてしまい、ちょうどその時に「絶対変革」の本を読んでネオデジタル内観を実践したのだった。
今までに紹介したアイテムを使用して修行をしていた私は、簡単に「真の自己発見」をしてしまったのである。
これを名付けて「ハイパーネオデジタル内観」という。

また、高校生の頃に掃除のアルバイトをした事がある。
学校の校舎がビルだった為、清掃会社が入っていたので、そこで雇ってもらったのである。
放課後、教室や廊下、階段、トイレなどを、おばさんと一緒に掃除していた。
当然ながら他の生徒に目撃されていたが、幸いにも他人の目を気にしない性格で、掃除をしている姿を見られてプライドが傷つくという事もなかった。
現在私はNPOの本格始動と共に、世界が直面している諸問題の解決策を提案し、新世界秩序の構築に向けて働きかける計画をしている。
だが、基礎となるのはやはり「内観」であり、ハイパーネオデジタル内観を世界に普及させる事が、真の国際問題処理に貢献する事になると信じている。

松下政経塾でも、昔は掃除の教育しかされなかったらしい。
近年、「運勢をUPさせる掃除術」という類の本が沢山出版されているが、非常に良い傾向だと思う。
獣は以前、以下のの本を買ったが非常に良かったので一読をお薦めする。
著者の名前は、偶然にも山本健二氏と漢字違いの同姓同名である。
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私は仏教系の小学校に行っていて、「宗教」という科目の授業で聞いた逸話だが、釈迦の弟子でお経が覚えられない頭の悪い弟子がいた。
彼は読経の代わりにひたすら掃除をし続けることで、死後、釈迦の弟子の中で最も高位の天界に逝ったという。

「隗(かい)より始めよ」という言葉がある。
大きな事を成すには小さな事から始めよという意味である。
環境問題に取り組むなら、まずは身近な掃除から始めるべきなのだ。

『日月神示』も同じ事を説いている。

「小さいことから始めよ。小乗の行と馬鹿にするでないぞ。
小乗の行から大乗の真理を掴むのであるぞ」


そして、『日月神示』には「カイの御用」という言葉が登場する。

「江戸の御用すみたから、尾張の御用と申してあろがな、
カイの御用も忘れてならんのざぞ」


尾張(終わり)に対して、カイは「初め」という意味だと解釈できるが、それは間違いではないようだ。

「食い物大切に、家の中キチンとしておくのがカイの御用ざぞ。初めの行ざぞ」

カイには神という意味もあり、掃除は神の御用であり、初めの行なのだ。
人々が心の掃除をすれば、世界の大掃除(天変地異)も小さな規模で済む。
戦争も全く同じ原理である。

「戦恐れているが、臣民の戦くらい、何が恐いのぞ。
それより己の心に巣喰うてる悪のみたまが恐いぞ」

「世界がそなたに移っているのぞ。世界見て己の心早う改心致されよ」


世界平和の第一歩は、心と血液の掃除洗濯(身魂磨き)なのだ。
また、『日月神示』を読む事でも身魂磨きが出来るそうだ。

「毎日、一生懸命に掃除していても、何処かにホコリ残るもんぢゃ。
まして掃除せん心にホコリつもっていること位、
誰にでも判っているのであろうが。神示で掃除せよ」


読むだけでOKの極めて簡単な修業である。
ひふみ神示のダイジェスト版「太神の布告」をお薦めする
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posted by アンリ・クリスチャン at 00:10| Comment(0) | 第3章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月04日

倒産、借金地獄から一家心中まで考えた私

『絶対変革』より↓↓↓↓↓


鹿児島県 M・Kさん(45歳・自営業)

■父の経営する企業が倒産、一瞬で奈落の底に

「いっそのこと一家心中でも…」
ネオデジタル内観に出会うまでの私は、そんなことを本気で考えていました。
親の遺した莫大な借金があり、私の人生は親の借金返済だけの人生だったのです。
実家は鹿児島の旧家で、父は手広く事業を展開していました。
子供の頃から何不自由なく育ち、学校を出ると地元の中堅企業に就職しました。
いずれは父の後を継ぐつもりでしたので、他人の水を飲むことで少しは世間勉強をするつもりの就職でした。
そんな就職でしたから、20歳代の頃は仕事に燃えたという記憶はありません。
仕事よりも趣味に走り、結婚も30歳代になってからです。
私と父との間では、35歳をメドにそれまでの会社を辞め、次期社長含みで父の会社に入社する予定となっていました。
子供も授かり、私は父の会社で腕をふるうゆめに燃えていました。
ところが、晴れの入社を目前にした34歳のとき、思いがけないつまずきから父の会社の経営が傾き、あれよあれよという間に倒産してしまったのです。
ちょうど事業を広げかけたときの倒産で、先行投資としてかなりの金額を注ぎ込んでいました。
倒産後、父と一緒に金策に走り回りました。
しかし金策はつかず、弁護士に相談して財産を処分しましたが、かなりの金額が負債として残ってしまいました。
父は過労と心労で倒れ、母も看病疲れから体調を崩して入院する羽目になってしまいました。
残されたのは、私とまだ乳飲み子を抱えた妻、そして莫大な借金だけです。
負債額を考えると、私の残りの人生をすべて使っても、借金は返済できそうにありません。
一生かかっても返せない借金、それに妻や子供を幸せにしてやれない絶望……。
私の中には、「いっそのこと一家心中でも……」という思いが膨らんでくるばかりでした。


■「どん底のときこそチャンス」といわれて

そんな頃、知人に山本先生を紹介してもらいました。
事情を話すと、山本先生はこう言われました。
「どん底のときこそチャンスです。あなたはラッキーな方ですね」
私のこの1年は、不幸と不運のオンパレードでした。
「不幸と不運がラッキー」と言われると普通は怒りたくなりますが、なぜか私には怒りが湧いてきませんでした。
「ハトが豆鉄砲を食らったような」という言葉がありますが、ちょうどそんな感じでした。
理由は分かりませんが、そんな事を言ってくれる山本先生に信頼感のようなものすら感じました。
そして、「一度捨てる気になった人生だ。ラッキーというのなら、そのラッキーとやらを生かしてやろうじゃないか」と開き直ったのです。
これが内観を始めた動機です。
最初は逃げたくなることばかりでした。
何から逃げたいのか、どこへ逃げたいのかといえば、それは「自分」からです。
しかし、どこへ逃げても、こればかりはついてきます。
死んだとしてもついてくるような気がします。そこで、逃げるのはやめました。
逃げるのはやめて、「見てやれ、見てやれ、見てやれ」と、自分に向き合うようにしました。
そうしているうちに、逃げたくて仕方がなかった自分やいろいろなことが見えてきました。
見えてくれば、「それらのことが大したことではなかったのだ」という気がしてきたのです。


■ちっぽけな自分が見えたとき、笑ってしまった

当時、父の借金返済のために一生働き続けなければならない人生、働いても働いても自分の好きな事ができず、何も自分には残らない境遇。
それはそれでもちろんイヤなことでしたが、何よりも他人の目が苦痛でした。
「あんなやり方をしていたから、倒産したんだ」
「今までお坊ちゃんで遊んでばかりいたから、いい気味だ」
会う人や会社の同僚の目が、そんなことを言っているように感じられたのです。
じつは、妻の実家も、私との結婚にあまり賛成していませんでした。
「絶対に幸せにする。不自由はさせない」と見栄を張っての結婚でしたから、妻の実家にも合わせる顔がありません。
しかし、さらにそこを見ていくと、実際に面と向かって言われたわけではありません。
「陰口を叩かれているに違いない」と勝手に想像している自分がいます。
そして、「そういう言われ方をされるのがイヤだ」と思っている自分がいるのです。
そして、それまであまり意識したことはなかったのですが、家柄がいいことや家庭が裕福だったこと、それに祖父も父も地元経済界の実力者であったことに頼っていた自分が見えてきたのです。
その反動で、倒産・借金・貧乏という思い看板を背負った自分が、恥ずかしくて恥ずかしくてたまらなかったのです。
今まで頭を下げさせてきた人に、今度はペコペコ頭を下げなければなりません。
それが苦痛でたまらなかったのです。見えてしまえば、それだけのことでした。
それだけのことを怖がり、身をすくませている自分……。
自分の首を締めている自分……。
あまりにもちっぽけなそんな自分が見えたとき、思わず笑ってしまいました。
私の中に気づきが起こりました。
「考えても仕方がない。自分に囚われていても何も解決しない」
私は一生懸命に働き始めました。
幸いなことに、それまで勤めていた会社が何かと力を貸してくれ、借金が返しやすくなるようにと、ポジションや残業時間なども配慮してくれました。


■勤め先の倒産にも、すぐに前向きに対処できた

会社の配慮に感謝し一生懸命に働きましたが、何しろ莫大な負債です。
いくら働いてもそう簡単に借金は減ってくれません。
倒産したときにほとんどの財産は処分しましたが、バブル崩壊のあとでもあり、屋敷だけは数年間も売れませんでした。
なかなか売れなかったその屋敷がこの春に売れ、やっと借金の四分の一くらいが消えました。
私たち家族にとって、初めてのアパート暮らしがは始まりました。
今までの屋敷に比べれば比較にならないほどの狭さですが、それでも家族らしい生活です。
私は少し安心し、この機会に一つだけ贅沢をさせてもらいました。
パソコンを購入したのです。
パソコンを使い、さらにデジタル内観を深めようとしたのです。
好事魔多しといいますが、その矢先に、また予期しないことが起こりました。
勤めていた会社が、突然、連鎖倒産したのです。
借金返済の収入源を断たれ、それまで「もう何があっても平気だ」と思っていた私でしたが、やはり動揺してしまいました。
しかし、気持ちが沈みっぱなしになることはなく、「人生は何が起こるか本当にわからないな。だから、おもしろいんだな」と、すぐ前向きになることができました。
このときほど、デジタル内観をしていてよかったと思ったことはありません。
勤め先の倒産を機会に、私は人生を再構築してみようと考えました。
サラリーマン生活と別れ、自分で何か仕事を始めてみようと思ったのです。
若い頃、各種の健康法に興味があった私は、整体の免許を取っていました。
まさかそんなものが役に立つとは思ってもいませんでしたが、これなら身体一つで始められます。
整体と同時に、町の便利屋さんも始めることにしました。
父母の介護と子育てに明け暮れる中、妻はちょっとしたことでも気軽に頼める人がいたら助かる、と実感していたのでしょう。町の便利屋さんは妻の発案でした。


■新しい日々が始まり、家族の原点に戻れた

新しい日々が始まりました。
整体と町の便利屋さん開業のために、妻が文章を書き、絵の得意な娘がかわいいイラストを描いてくれました。
それらをパソコンに取り込んでチラシをつくり、夜な夜な三人で配りました。
会社が倒産して悲惨な生活が始まるかと思いましたが、思いもかけない楽しい生活が始まったのです。
それまで私が外で働いていたとき、家族で過ごせる時間はほとんどありませんでした。
しかし、いまは何をするにも一緒です。
引っ込み思案だった娘も、「今日はあそこ、明日はあそこ」と走り回るようになりもなりました。
両親の顔色も、心なしか良くなってきました。
「家族の原点」というものがあるとすれば、家族の原点に戻れたような気がします。
私は、冒険好きな性格ではありませんでした。
何もなければあのまま父の後を継ぎ、世間的には羨ましがられる生活を送っていたかも知れません。
物質的には安定していたかもしれませんが、それが楽しい人生といえたでしょうか。
しかし、父の会社の倒産、借金、そして私の勤めていた会社の倒産などで、予想もしなかったところに放り出されました。
そのままでは見えなかったであろう風景に出会い、自分がどんどん変わり、たくましくなっていきました。
今まで自分だと思っていたものがどんどん崩れ、まったく別の自分、ほんとうの自分が見えてきました。
今、世間では倒産やリストラ、解雇などが連日のように報道されています。
自分の人生、自分の将来、家族のゆく末に不安を感じている人も少なくないはずです。
しかし、それは新しい自分に生まれ変わるチャンスなのです。
もしかしたら、この拙い文章を読んでくれているあなたも、私とよく似た境遇かもしれません。
であれば、その人は人生で最大のチャンスを迎えている人です。
どん底の時こそチャンスです。
そうしたチャンスにめぐり合えたあなたは私と同じようにラッキーな人です。

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釈迦はこのように説いた。
「常に移り変わっているものを永久に不変のものと錯覚する事で執着を作り出している」

「苦」を直視し、諸行無常の真理を悟り、今の楽しみや苦しみは永遠(実在)のものではなく、
目の前の現象に囚われてはいけないという事である。
だからと言って、囚われないように努力するのではない。
「解脱」の結果、万有の平和と安寧の自由な境地に到達するのである。
その解脱に至る最短プログラムが「ハイパーネオデジタル内観」である。
貧乏も苦の1つだが、古来より宗教家は貧困を通して解脱の道を選んできた。
求道者が財産を手放し、世俗を離れて隠遁生活をするのもその為である。

聖書には、イエスの次のような言葉がある。
「金持ちが神の国に入るのはラクダが針の穴を通るより難しい」

もちろん、金持ちは地獄に堕ち、貧乏人は天国に行くという単純な話ではない。
誰でも裕福である方が理想だし、裕福である事は決して悪い事ではないが、
裕福であることによって大切なものを失っている人が多いのは事実である。
また、貧乏で心が荒み、犯罪を犯して反省もなく生きていく人もいるが、
貧乏だからこそ金持ちが失った大切なものを発見する人も少なくないと思う。
いずれにしても、病気や事故で倒れたり、収入源を失ってどん底の時こそ
自分を観る絶好の機会であり、真の気づきや自己発見に至るチャンスなのだ。
そもそも、苦を感じなければ、内観などに興味を示さないだろう。
その意味でも、「苦」というものは有り難い「破地獄の種子」なのである。
posted by アンリ・クリスチャン at 00:45| Comment(0) | 第3章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする