2010年12月10日

まえがき

山本健二氏の「ネオデシタル内観」の解説は終了したが、ネオデジタル内観を実践する前、または実践中に、「心の学校」の真我開発講座を受講しても良いと思う。
【第1章】の「気づく人は一日あれば気づく」の通り、1日で真我に出会う人もいれば、数ヶ月かかる人もいるだろう。
そこで、とりあえず「心の学校」の内観を受講するのも1つの方法だという事である。
http://www.shinga.com/

佐藤康行氏は、このように述べている。

「私の主催する真我開発講座には、二つの特徴があります。
一つは、結果が出るのが速いこと、二つ目は、結果をすぐに実践に活かせることです。
仏教の世界では、悟りの境地に達するのに何十年も修行しなければなりません。
真我開発はたった二日間です。いくら何でも速すぎますか。
しかし、真我はもともとあるものです。
もともとあるものに気づくのに、なぜ長い修業が必要なのでしょうか。
私は時間がかかるほうがおかしいと思っているのです。
私がすることは『すでに誰でもありますよ』ということを、あれこれ言葉を使ってお教えするだけです。
あとは皆さんが、『なるほど』と気づくかどうか、それだけです。
心臓が動いていることを、胃が働いていることを時間をかけて理解する必要がありますか。
地球が丸いことはよく見れば分かります。本来、理解するとは、一瞬で分かることなのです。
真我も分かるときは、一瞬で理解することが可能な世界なのです」

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但し、この真我開発講座を受講して真我に目覚めたとしても、それは出発点に過ぎない。
その事は、佐藤氏も述べている。

「悟りという言葉は終わりを想起させます。長い年月、修業をしてついに真理に到達する。
真我は悟りによく似た世界ですが、決して終着点ではありません。
一つの成就ではあるが、同時に出発点でもあるのです。
真我に目覚めるとは、生きたまま生まれ変わる事なのです。
ダライ・ラマは『生きているうちに生まれ変わるのが一番尊い』と言っています。
真我に目覚めると、まったく新しい価値観で、まったく新しい生き方が可能になります。
つまり、人生を二度生きられるのです」


的確に言えば、2日間で真我に目覚めても、それは釈迦やイエスの「悟り」とは程遠いものである。
真我に目覚めても、日常生活を送るうちに元に戻る人も多く、一方では意識進化を続ける人もいる。
【第2章】の『ネオデジタル内観の効果を「調和測定」で検証する』の脳波測定の図でも分かる通り、思考の歪みや乱れを解消し、左右の脳波のバランスをとる為には、1日や2日では無理である。
http://world888.seesaa.net/article/152847546.html

「ネオデジタル内観」は真我に目覚める為の、具体的で科学的な方法論だが、他の内観で真我に目覚めた人も、より深い「真我開発」と「身魂磨き」をする為に「ネオデジタル内観」を強烈に推奨する。
アンリ式ネオデジタル内観(ハイパーネオデジタル内観)では、より早く、更に深い「真我開発」と「身魂磨き」を実現する為に、実践5に続く各種メソッドをお薦めしている。

近年、アセンションという言葉が流行っている。
アセンションに関する本も無数に出ている。
では、アセンションとは何か……。
アセンションする為にはどうすれば良いのか。
具体的な方法論を説いている本を私は知らない。

アセンション(昇天)とは、意識進化の果ての解脱だと考えて差し支えない。
究極的には、肉体を超越したヒマラヤの聖者や神仙のように、肉体の削除が起きて生きながらに神霊になることである。
解脱とは、悟りを開いて輪廻を脱却し、涅槃(フォーカス35=5次元)に入ることである。
悟りを開くとは、真我に目覚める事であり、釈迦やイエスも内観によって悟りを開いた。
このサイトで公開しているメソッドは、最も簡単で合理的な意識進化法であると自負している。

佐藤氏は、次のように述べている。

【目覚めよ!】

「私たちは、起きていながら眠っているようなものです。
本当に目覚めなければなりません。
本当に目を覚ますとはどういうことでしょうか。
それは本当の自分、真我に目覚めることです。
真我に目覚めていったとき、悩みは一瞬にして消えてしまいます。
悩みや苦しみが病気になって現れていたら、それも消えていきます。
そして、愛と喜び、感謝に満ちた日々が送れるのです」


【真に目覚めるべき意識】

「私たちが本当に目覚めなければいけないのは、個体意識ではなく、全体意識なのです。
生きている人間は、どうしても自分のことだけを考えがちです。
当然、他人も同じように考えます。で、ぶつかってしまいます。
いままでの社会は、その繰り返しでした。でも、これからは違います。
一人が全体を考え、全体は常に一人を守る。そういう世の中になっていくのです」


【21世紀は真我の世紀】

「真我を開発するとは、人類意識を変える事だと私は捉えています。
長い人類文明が築いてきた、あらゆる価値観が問い直されようとしているからです。
人々が真我の開発に成功すれば、二十一世紀はまったく新しい価値観の下で、平和で安全で、人類みんなが豊かに暮らせる世界ができ上がっていくと確信しています。
一人の人が真我を開いたら、同じ時期に、世界の誰かが必ず同じように真我を開いているものです。
共時性(シンクロニシティ)といって、人間の意識は深いところで繋がっているからです。

【シンクロニシティ】

「人の心が繋がっていることを、しっかりと頭に入れておくことです。
あなたの考えがみんなの考えになり、みんなの考えがあなたの考えになったとき、人々は宇宙の法則と共に、愛と感謝の世界で生きられるのです。
『百匹目の猿』の話を聞いたことがあると思います。
ある島の野生の猿の集団で、一匹のメス猿が海水で芋を洗って食べる方法を覚えました。
すぐに真似する猿が現れ、その数が百匹を超えたら、遠く離れた島の猿も同じことを始めていたという現象です。
これは事実として、実証的研究でもすでに明らかにされています。
猿が海を渡って連絡をとるはずがありませんから、どこかで意識が繋がっているとしか思えません。
これをシンクロニシティ(共時性)といいます。
そのような心が確実にあるのです」


『日月神示』には「一人改心すれば千人助かるのぞ」と示されているが、自分が意識進化に努める事は利己的な行為ではなく、人類救済・地球のアセンションに直結するという事を憶えておいてもらいたい。

posted by アンリ・クリスチャン at 23:16| Comment(5) | アンリ式ネオデシタル内観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
あなたのやっていることは法によって定められた「引用」をはるかに超えた分量の引き写し、著作権侵害行為です。山本氏の遺族および出版社が訴えたら即敗訴確定なほどの犯罪です。ブログから『絶対変革』から引き写した文章を削除、ないし引用と認められる程度まで削減するか、遺族および出版社に正式に許可をとることをお奨めします。
なお、この警告を無視、またはこのコメントを削除した場合は山本氏の遺族(懇意にしてます)と出版社に著作権侵害の旨を通達しますのでそのつもりで。
Posted by 警告します at 2010年12月14日 22:55
書き込んでから熱くなりすぎたと反省してます。後半分は取り消します。無視するならそれでいいし、今回の分を含めてコメントを消しても何もいたしません。(遺族の方が喜ぶとも思えませんので)
ただ、このままブログをお続けになるのなら将来的に面倒なことになる可能性があることだけは忠告しておきます。あなたのやっている活動が広まれば広まるほど批判もそれだけ強まるでしょうから。
将来の憂いを招かないためにも前コメントで申し上げたとおりにしておいた方が懸命であると再度言っておきます。
では。
Posted by 追記 at 2010年12月14日 23:15
警告有り難う御座います。
絶版で簡単に入手できない本なので、警告内容を承知の上でのブログ活動です。
同じような内容を自分の言葉で書き直す事も可能です。
所謂、焼き直しというやつです。
世の中には、そのような合法的著作権侵害の出版物が溢れています。
もし私が同様の手法でブログを展開すれば著作権にも抵触せず、出版物にして利益を得る事も可能かと思います。
しかし、私はそのような行為が許せない為、山本氏の本の内容である事を提示した上で、絶版で闇に埋もれてしまっている『絶対変革』を勝手ながら無償で公開させて頂いています。
それは、故・山本氏にとっても報いになると信じています。
当方はネオデジタル内観を広めたい一心で、それによってどのような法的処分を受けても構わない覚悟です。
そのような覚悟で、金銭的利益を生み出さないブログをやっております。
法律に抵触していようと、刑務所に入ろうと、死刑になろうと、山本氏が構築した、この内観メソッドを1人でも多くの人に知ってもらいたいという気持ちでいっぱいで、その為なら自己犠牲を厭いません。
一般の人からすると正常な人間の発言ではないと思うかも知れませんが、誹謗中傷があろと、気違い扱いされようと構いません。
もし、このブログによって、出版社やご遺族に損益などの迷惑が掛かるならこの限りではありませんが、そうではないという判断からの公開です。
もし、出版社やご遺族が私の真意を理解した上で訴訟を起こすなら、それはただ単に金銭的な問題だと思います。
私にはお金がないので裁判に負けたら刑務所に入ります。
それを免れる為にこのブログを閉鎖するという気はありません。
それによって、1人でも2人でも自己発見をしてくれる人がいれば本望です。
私は刑務所に入った経験がないので、33歳の記念に経験として入っても構わないと思っています。
どのような立場や状況になろうと、私はこの本のお陰で平和と安寧の精神を不動のものとする事ができました。
もし私が山本氏の立場なら同じように思いますが、どうでしょうか?
実際問題、山本氏の記事の半分以上を削除する事は可能ですが、内容価値は半減すると思います。
山本氏は金儲けではなく、ネオデジタル内観を1人でも多くの人に知ってもらいたいという気持ちで出版したと思います。
私はその遺志に共鳴しただけです。
この本は私の現世での命と同等の価値があります。
私はこのブログに生命を賭けていると言っても過言ではありません。
法律は守るべき人間界のルールである事は百も承知です。
しかし、誰かが創ったその小さなルールを犯してでも、自分がやるべき使命だと感じています。
少なくとも、倫理には反していないと思っています。
私は「不法の子」と呼ばれています。
現代社会的に言えば「違法の子」かも知れません。
法律を遵守する事が必ずしも正しい事とは思っていません。
法を犯して処刑を覚悟してでも、人の為になる事であればやりたいと思う事があるものです。
私にとっては、それがこのブログだっただけです。
山本氏のご遺族の方と連絡が取れるのが理想ですが・・・宜しくお願い致します。
Posted by アンリ at 2010年12月15日 00:25
もう何も申しません。頑張ってください。
Posted by そこまで覚悟されておられるなら at 2010年12月16日 21:27
有り難う御座います。
但し、頂いた警告はごもっともですので、今後、山本氏の文章は可能な限り削っていくかも知れません。
宜しくお願い致します。
Posted by アンリ at 2010年12月16日 23:05
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