2010年11月25日

◆実践3 過去を振り返って反省を書き出す

『絶対変革』より↓↓↓↓↓


実践3は、過去を振り返るアナログ的な反省です。
反省なくして向上や進歩はありませんから、これは必要なプロセスになります。
ただ何か失敗して、「悪かった。二度と繰り返さない」などと心に違ったとして
も、また繰り返すのが普通ですから、そうした反省はあまり効果がありません。
これにも、やはり書き出しという作業が必要になります。

@反省のコツは、「何でもすべて掻き出す」という感じで記入していくことです。
日々の反省だけでなく、従来の内観法のように、生まれてからいままでお世話になったこと、そしてお返しはできたかどうかなどを掻き出しながら書き出します。
年齢をさかのぼって徹底的に思い出す作業が必要になります。
ただし、この作業も、一定期間特別の場所で実施するのではなく、いつもの場所で、いままで通りの生活を続けながら実行してください。
ひな形を使う場合は、所定の枠内に記入するだけでどんどん作業がはかどります。
ひな形には3歳から70歳までの記入欄を設けてありますから、そこに「楽しかったこと」、「うれしかったこと」、「嫌だったこと」などを思い出しながら書
き込んでいきます。

Aひな形を使わない場合は、ノートを用意してそこに記入していきます。
日誌形式で書いてもかまいませんが、感情に任せてダラダラと書くのは逆効果です。
反省項目は、必ず箇条書きにしてください。
日誌形式の場合は、内観を箇条書きに整理し直してください。

B頭でおこなっても、内観は効果のあがるものではありません。
逆に、感情のとりこになる危険性もあります。
その危険性を避けるために、必ず「書き出し作業の掻き出し」を念頭に置いて実行してください。

Cひととおり書き込み欄が埋まってきたら、色分けします。
何がイヤだったのか、それは肉体的な苦痛だったのか、あるいは精神的な苦痛だったのか、またそのことがらは相手に原因があったのか、それとも自分に原因があったのか、などを区分けをしていきます。

Dこの作業を続けていると、書き出した中から、自分の欠点や心の歪み点が浮かび上がってきます。
それらが浮かび上がってきたらピックアップし、ランク別に並び替えます。
この作業も、ひな形を使えば簡単に処理できます。
ネオデジタル内観を進めながら書き出しを続け、ランク付けを続けているうちに、とらわれの項目が鮮明になり、軽い歪み点は次々と消去されていきます。

E最終的にはいくつかの強烈な歪み点が残りますが、これは「調和測定」などで確認したのちに簡単な方法で消去できます。

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反省サ~1.JPG

過去に縛られている人が多いが、過去が人を縛る事はない。
過去に縛られているという思いが、自分で自分を縛っているのである。
また、価値観、先入観、固定観念、既成概念、知識、プライド、欲望も自分を縛り付けている原因となっている。
悪く言えば、サタンに取り憑かれた自縛霊と同じ状態である。
自分の思考パターンや性格がどのように形成されていったのかを明らかにし、自縛を解く為には過去を追体験するしかない。
また、「自分はこんな人間だ」という自分が思っている人物像は、結論から言えば「思い込み」である。
その思い込みによる長年の自己暗示によって、今の自分が形成されているのだ。
その思い込みや囚われから解放され、自己限定が解除された時、「本当の自分」を発見すると同時に無限の可能性が広がり、人は生きながらにして「生まれ変わる」ことが出来るのである。

その為には、反省なくして改心なしだが、『日月神示』には次のように示されている。

「人民には分別与へてあるから反省できるのであるぞ。
反省あるから進展するのであるぞ。
ほっておいても、いらんものは無くなり、いるものは栄へるのであるが、
人民の努力によっては、よりよくなるのぢゃ。
省みねば生れた時より悪くなると申してあろうが」

「省みる時与えられるのぢゃ。さとりの時与えられるのぢゃ。
ものは、はなすからこそ掴めるのぢゃ」

「己の心 日々夜々改めねばならん、心とは身と心のことぞ」

「今迄のことちっとも交わらん新しき世になるのであるから、守護神殿にも、判
らんことするのであるから、世界の民みな一度に改心するやうに、どん詰まりに
は致すのであるなれど、それ迄に一人でも多く、一時も早く、改心さしたいのぢ
ゃ」

「世界がそなたにうつっているのぞ。世界見て己の心早う改心致されよ」

「戦や天災では改心出来ん。
いよいよになって助けてくれと走り込んでも、その時では遅いから、間に合わん
から、早う神の心悟れと申してあるのだ」

「学問や智や金を頼っている内は、まだまだ改心出来ないぞ」

「たれ一人、悪いわがままの癖持たん人間ないぞ。
その癖を直して行くのが、皮むくことぢゃ。
改心ぢゃ。弥栄行くことぢゃ。
気づいたことから早う改めて下されよ。
トコトン迄行って神がさすのでは人間の面目ないから」

「そなたのもつ悪いくせ直して下されよ、それが御神業ぢゃ。
神々様も自分のくせ直すために御苦労なさっているのぞ。
そのために生長する。昨日の自分であってはならんぞ。
六十の手習で止まってはならん。死ぬまで、死んでも手習ぢゃ」

「人間と云ふもは奇蹟見ても、病気になっても、中々改心出来んものぢゃ。
死後の生活がハッキリ判っても、未だ改心出来んのぢゃ。
それは外からのものであるからぢゃ。
マコトの改心は、中の中の神のキいただいて、ほっこん改心出来ねばならん」

「神には何も彼も分かりているのだと申してあろがな。
早く兜脱いで神にまつはりて来いよ。
改心すれば助けてやるぞ。
鬼の目にも涙ぞ、まして神の目にはどんな涙もあるのざぞ。
どんな悪人も助けてやるぞ、どんな善人も助けてやるぞ」



人は死ぬ時に、自分の人生をパノラマで観ると言われている。
そして、死ぬ間際に大いなる反省と感謝をして、「気づき」を得る人もいるという。
人生は自分探しの旅だと言われているが、死ぬ間際ではなく、元気に生きている間に「本当の自分」を発見しておくべきである。
トラウマの治療などで退行催眠が行われたりしているが、内観はそれと通底する部分がある。

過去は変えられないが、過去の認識を変える事は出来る。
記憶を辿って、過去の人生を客観的に追体験するのだ。
佐藤義塾の内観でも、「人間は記憶で出来ている」という捉え方をしているが、過去の認識を変える事で過去の自分を救済し、その結果、現在の自分が救われるのである。

「過去の自分を救済し」という部分に異論はあると思うが、過去の自分は今も存在している。
想念の世界に於いて、「過去も現在も一点」であり、我々はいつでも過去に行く事が出来る。
その意味では、過去を変える事も可能だと言える。
霊界は「過去」「現在」「未来」が同時存在していると言われている。
例えば、モンロー研究所でも、過去世の自分を救出するというセッションがある。

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『日月神示』には、このように示されている。

「この神は現在も尚、太古を生み、中世を生み、現在を生み、未来を生みつつあるのぞ」

「この神」の部分を「本当の自分」に置き換えても差し支えない。
3次元では時間は過去から未来に流れているが、5次元では未来から過去に流れているという説がある。
内観は現在から過去にアプローチして思考パターンの修正をしていく作業なので、「原因は未来にある」という捉え方も出来る。
生まれてから今までの事を思い出すに当たって、私は「自分史」を書く事を進めている。
年齢を遡って徹底的に思い出す為には、その方法が最も良い。
昔の写真を見ながら書き出せば、更に色々な出来事を細部に渡って思い出す事が出来る。

だが、人間には封印してしまった記憶、思い出したくない記憶があるはずだ。
自分が傷ついた記憶、逆に人を傷つけて胸が痛む記憶など……。
また、コンプレックスや内面の醜い部分を認めるのは誰にとっても辛い事で、そういう部分に真剣に向き合ったことがある人は少ないと思う。

心理学者のシグムント・フロイトは、こう言っている。

「心の内面の秘密を露出させること、
自分を悪い奴だと認めることはやさしいことではない。
それは科学的興味でなされてさえ、容易なことではない」


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少し前にも紹介したが、アリオンは「内観」についてこう語っている。

『本当の自分を見ること、それがたとえ「こうありたい自分」から遠く離れていてもそれを認めること。
認めることは嫌いにならないことだ。好きになれとは言わない。
認めるということは、嫌いにならないこと…そして好きになることでもない。
ただ、ありのままに「それを、そこに在ると知る」ことなのだ。
この行為を通して、あなた方は多くのことを見つけるだろう。
それは「自分とはこういうものだ」という枠を壊すことに繋がってゆくだろう』

『自分を観るということは、自らが見知った自分自身を断定的に論じる事ではない。
自らの内部にあるものを見つめること、それは殆どの場合において恥を伴うこと
であり、多くの場合、非常に辛く苦しいものであることは否定しない。
しかしそれを避けて記号としての言葉を幾ら構築しようが、
幾ら優れていると喧伝される論理で糊塗しようが、無駄に終わると言い切っても良かろう』

『自分にとって自分を見るくらい大変な事はないと皆が言うよ。
それまでも見てきたつもりでも、それは「自分がこう思う自分」であって決して本当の自分ではなかったというケースが多い。
「自分は〜なんだ」とか「自分という人間は〜なんだ」と決めた自分を見ても何も変わらない。
これは、自分の望んだ自分の似姿ではない。
本当の自分とは、意外な面も持ち合わせた存在であることに気付くよ』

『自分を見るのは、等しく誰にとっても辛いものだと断言しておこう。
時には「こんな自分なんて、何で生まれてきたんだろう?」とか
「こんな自分なんて大嫌いだ、見たくもない」と自分の殻に逃げ帰りたくなる。
こういった反応はごく自然なもので、これが無かったら逆にオカシイ。
拒否反応が強い場合には、ジックリ・ユックリを心がけて、チラリと見えた自分の姿を批判したり非難したりしないで、そこに置いておく練習をすることだ。
「自分を見る」行為には一人一人所要時間が異なるので、焦ることはない』


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須藤アキオ氏は『王仁三郎の霊界物語』の中で、このように述べている。

「自己実現の過程では、多くの苦痛が伴う。
受け入れがたいコンプレックスを認めることは、個人にとって一種の自己否定にも近いほどのショックだろう。
このさまざまな苦悩の過程が、地球の場合、「大峠」と呼ばれる天変地妖や巨大な人災となって現れるのである。
人類という〈地球の自我(超自我)〉がいまや崩壊し、精神病を患っている以上、本格的な治療を施さねばならない。
ユング派の療法家がさまざまな例を挙げているように、自我が極端な危機に瀕しているとき、夢で〈自己〉が、時に人の形(老賢人)をとって助言を与えることがあるという。
この〈超自我(物質界=集合無意識の中心)〉が極端な危機に瀕したとき、〈超自己(Θ)〉が別の形をとって助言した。
これが天理・金光・黒住などのいわゆる教派神道であり、その最後に大本が現れ、助言(予言・警告)として、『お筆先』(出口ナオ筆記)、『霊界物語』(出口王仁三郎口述)を与えたのである。



『日月神示』は次のように示している。

「戦恐れてゐるが、臣民の戦位、何が怖いのぞ。
それより己の心に巣くうている悪のみたまが怖いぞ」

「己の心を見よ、戦が済んでいないであろ。
それで戦が済むと思うてゐるとは、あきれたものぞ。
早く掃除せぬと間に合わん、何より掃除が第一」



つまり、内観とは「ハルマゲドン」そのものであり、1人1人が内観を実践する事によって、軍事戦争や天変地異も大難が小難に、小難が無難になるのである。
だが、内観を実践するにあたって非常な苦痛を伴うようでは、多くの人が長続きしない。
だから、感情を入れずに客観的に書き出していく必要があるが、その為に脳波をアルファ波〜シータ波にしておく必要があるのだ。
目を瞑って腹式呼吸法をしながら、人生を振り返る事に専念すれば良い。
この時、今までに紹介したアイテムを使用すれば、効果は飛躍的に上がる。
また、思い出し作業が記憶力増強に効果がある事も認められている。

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だが、見たくない自分や、辛い過去ばかりを思い出せという訳ではない。
「心の学校」の佐藤康行氏は、次のように教えている。

「真我を体感・体得第三の方法は、自分の最良・最高の状態のとき、自分がどう感じ、どうふるまったかを思い出してみることです。
どんな人にも最高に幸せ!≠ニ思える瞬間が、過去に何度かあったはずです。
それがどんなときで、そのときにどんなことを思い、どうふるまったか。
それを思い出してみることです。
なぜなら、そのときのあなたは、もっとも真我に近づいていた可能性があるからです」


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このメソッドでは、生まれてから現在までの出来事と、その時の感情を書き出す。
物心がつくまでの2、3歳くらいまでの事は殆んど覚えていないかも知れないし、最近の事でも忘れてしまっている事が殆んどと言ってもいいかも知れない。
また、思い出したくない忌まわしい記憶もあるだろう。
いずれにしても、あなたが覚えていようがいまいが、あなたの潜在意識は全てを記憶し、時空(アカシック・レコード)に記録されている。
政木和三氏は自ら開発したヘミシンク装置「アルファシータ」を使用し、幾多の過去世を思い出したという。
過去世を思い出すかどうかは別として、脳波がシータ波になると、否定的な感情に左右されずに、忘れてしまった記憶も鮮明に蘇ってくることがある。
自分史の完成には時間がかかるかも知れないが、焦らずに急いで取り組んで頂きたい。

生まれた時から順に過去を振り返り、「過去を思い出す…過去を思い出す…」と自己暗示をかけると良い。
嬉しかったこと、苦痛だったこと、後悔していることなど、人に迷惑をかけたり、悪い事をしたこと、コンプレックスになっていること…些細なことも全て、思い付くままに書き出す。
書き出さなければ内観の効果は上がらず、感情に支配される危険があるので、必ず書き出すこと。
この作業を続けていると、自分の長所や欠点、心の歪みが浮かび上がってくるので、それをピックアップしてランク別に並び替える。
私は内観を始めるまでは、自分ではあまり短所はないと思い込んでいたが、この作業を行なうと短所のオンパレードだった。
だが、この長所や短所の概念も変わってくる。
デジタル思考でAの作業を続けていると、本質的な原因が見えてくる。
つまり、全ては自分の心からあらゆる現象が生まれ、それに対する認識が心の癖となり、精神の歪みになっていることに段々と気付いてくる。
これは誰もが認めたくないことだろうが、あくまでもデジタル思考に徹しなければならない。
デジタル思考は、冷静に客観視する為だが、感情を排することで魔境に陥るのを防ぐという効果もある。

その後、箇条書きに整理し直す必要があるが、パソコンがある人は上図の「ひな形の記入例」を参考に、エクセルなどに打ち込んでいけば良い。
「最終的にいくつかの強烈な歪み点が残るが、簡単な方法で消去できる」との事だが、山本氏がどのような方法を行なっていたのかは分からない。
だが、強烈な歪み点を修正する方法は私も教える事が出来るので心配は要らない。
posted by アンリ・クリスチャン at 22:30| Comment(1) | 第4章「ネオデジタル内観」実践法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
解説文に加筆&ひな形の記入例の画像をUPしました。
Posted by アンリ at 2010年11月27日 12:18
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