2010年11月11日

◆実践2 先入観と価値観を書き出す

『絶対変革』より↓↓↓↓↓


実践2は、先入観と価値観の書き出しです。
これによって、自分がどういうことがらにとらわれているかがはっきりし、心の歪み点が明確になります。
@ひな形をつかう場合は、所定の欄にゲーム感覚で書き込んでいくだけで、すべての先入観と価値観の書き出しが行えます。
パソコンを使う効果が発揮され、簡単で便利に書き出しが実行できます。
Aひな形を使わない場合は、できるだけ大きな紙を用意します。
そして、その紙に思いつくままに書き込んでいきます。
先入観は、現在思い込んでしまっている事象すべてです。
価値観については、いまの自分にとって価値があるかどうかを観察し、価値のあるものも価値のないものも書き込んでいきます。
書く時点で価値を感じないものは書けませんが、観察しているうちに、いままで思ってもいなかったものが書けるようになってきます。
価値観ですが、たとえばテレビドラマなどを見ていて、「こんな番組はくだらない」と思えば価値のランクは低くなります。
「これは価値があるな」と思えば上位に書いておけばいいのです。
モノにしても、「ソファーに価値がある」と思えば上位に、「床に座ったほうがいいのでソファーなどいらない」と思えば下位に記入します。
大きな紙でもどんどん書き出していると、乱雑になって汚くなってきます。
その場合は、ペイントマーカーや色鉛筆などで同じような内容をピックアップしてチェックを入れ、大学ノートなどに価値の高いもの順にランクをつけて書き直してください。
ひな形使用の場合は、いつも整理され瞬時にランク付けや入れ替えができます。
B先入観は自分で思い込んでいることですが、内観を続けているうちに、順位が変化してきます。
毎日続けていると、いつの間にか先入観が消えている場合もあります。
思考の中から先入観が消えた場合は、ノートやパソコンからその項目を消してください。
価値観も同様です。
内観を続けて観察力が高まれば高まるほど、価値観の順位も入れ替わります。
また、価値観がなくなって消すようなことも起きてきます。
先入観の順位変更や項目消去と同様の作業を行います。

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ひな形がなくてもパソコンのワードに記入していけば良い。
最初は意味のないように感じるかも知れないが、この先入観と価値観の書き出しを日々の日課にすることで、自分の囚われや心の歪み点が明確になってくる。
つまり、「真の自己発見」をする為に不可欠な作業なのである。
現在思い込んでいる先入観と価値観を思い付くままに書き出す事によって、自分が何に囚われているか、精神の歪みが明確になってくる。
最初は少し難しいが、観察しているうちに、いくらでも書けるようになってくる。
価値観、先入観、固定観念、既成概念、知識、プライド、欲望は自我そのものであり、それを「サタン」という。
私が内観を「ハルマゲドン」に例えるのは、その為である。

禅定の会である「菩薩会」の資料には次のように書かれている。

「私たちが日常、五感を通じて感じたり、考えたりして養われてきた常識という価値観は、自分の物差しを使って、自分にとっての損得勘定、善悪の判断に右往左往している、絶対的な根拠のない価値観にすぎません。
私たちの常識という価値観を、座禅の前だけでも結構ですから、一度疑い、否定して見て下さい。
常識に囚われない、無色透明の状態に自分を置いて座ってみて下さい。
それが習慣になると、だんだん自分の真実の姿が見えてきます。
私たちは頑固なまでに、自分の価値観、日常の価値観にしがみつこうとしています。
自分の価値観に囚われている間は、本当の自分の姿を知ることはできません」


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天野聖子氏は次のように述べている。

◆釈迦はなぜ悟ることができたのか

釈迦は、「誰でも、自分自身を省みて改善することに努めれば、生きながら仏になれる」と説いています。
釈迦も「人間(自分)とは何か」を自分の中に求め、大いなる自己と繋がって悟りを得たのだと私は思います。
釈迦自身は大いなる自己という言葉は用いていませんが、大宇宙からの霊智に感応したことは確かです。
そして、生きながらにして仏になりました。
釈迦は、「悟りを得たい。仏になりたい」と思って瞑想を始めたのではありません。
ただ「自分とは何か」「人間の幸せとは何か」を自分自身の中に求め、無の状態(空)になった時、天啓(霊智)を与えられたのです。

◆自らを理性的に省みる分析をする

私たちは、なぜ、動物性本能から抜け出せないのでしょうか。
それは、今までの悪習慣から蓄積している汚れた垢の壁が自我心にこびりついていることに、気がつかないからです。
垢を溜める一方なので、その壁はどんどん厚くなるばかりです。
そうなってくると、自分を省みようとする心の目は曇ったままなので、よく見通せない目の代わりに、汚れた垢(自我心)が目となって判断を下します。
自らの心の改善を怠り、他人には「ああだ、こうだ」と、もっともな事を言う人が多すぎます。
曇った目を持っている人は、自分はさて置き、他人への批判ばかりするようになります。
人に何か言う前に、自らを省みて改善する人間性を持つよう、心がけたいものです。
この状態を打破するには、「心の改善」の自問自答をする前に、必ず自らを省みる「分析」が必要になってきます。
分析とは、ある物事や状況を分解して、それを成立させている要素や側面を明らかにしていくことです。
難しく考えることはありません。
ここでいう分析は、ただ自分の思っていることや思いつくことを、「なぜ、こうなるのか」「その根拠は何なのか」「これをする(しない)と自分は、どうなるだろうか」など、ひたすらノートに書き出すことをすればよいのです。
書き出したことを読んで、また考え、書き出します。
これを繰り返していくうちに、普段、自分が物事をどのように捉えているかが見えてきます。
考え方のクセや、堂々巡りになる原因も見えてきます。
そうなってきたら、また考えてみるのです。
自問自答をする前には、必ず分析をして心の中をノートに書き綴って下さい。
ノートを読み返すうちに、自分の自我の中にプログラミングされている固定観念に、少しずつ気づかされます」
posted by アンリ・クリスチャン at 02:05| Comment(6) | 第4章「ネオデジタル内観」実践法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
初めまして。

私は、デジタル内観をつい最近知りまして、
諸々調べているうち、貴ブログに行きあたりました。

山本先生の著作は「タキオンの奇蹟」を除いて
全て拝読したのですが、上記記事にある、価値観の書き出しについてどのように書けばよいのかがよく分からずにおります。

つきましては、不躾なお願いとは知りつつ、
是非、ご教授いただくことができればと思い、
ご連絡申し上げました。

ご多忙の折、大変恐縮ではございますが、
ご返答賜れますこと、お待ちしております。

何卒よろしくお願い致します。
Posted by R at 2011年09月21日 00:00
Rさん、こんにちは。
「タキオンの奇蹟」は初めて知りました。
価値観の書き出しは、まずは身の回りの物について、価値の有無を書き出していくと良いです。
それによって、自分が築いてきた価値観をニュートラルの状態に戻していくのが目的ですが、執着などがなくなり、いま流行り(?)の断捨離がはかどるなどの副次的効果も期待できますよ。
Posted by アンリ at 2011年09月24日 05:14
アンリ様

ご返答ありがとうございます。

これまで自分の好き嫌いであるとか、
どのような考え方の傾向があるかについて
書き出していましたが、早速身の回りの
物についての書き出しを行わせていただきます。

山本先生亡き今にあって、デジタル内観について
ご教授いただけますこと、心から幸いに存じます。

今後ともどうぞよろしくお願い致します。
Posted by R at 2011年09月25日 22:31
私も最初は順調に読み始めたものの、いざ実践編になると、具体的な見本がないので戸惑いました(苦笑)
「ネオデジタル内観の先生はあなた自身」という目次もある通り、山本先生が残された書物を頼りに実践していくしかありません。
私は山本先生の指導を受けたわけではありませんが、私で宜しければ、参考になるアドバイスが出来るかも知れないので、またお気軽にご質問下さい。
また、真の自己(真我)に問いかければインスピレーションが降りてくるかも知れません。
Posted by アンリ at 2011年09月29日 03:40
ひな形を入手したいのですが、どうすれば良いですか。
Posted by at 2013年07月02日 21:08
ひな形は入手できませんが、見本を改めて載せたいと思います。
Posted by アンリ at 2015年03月30日 02:06
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