2010年09月17日

◆チェック4 頭脳の中、記憶の中に真理はないと思えるか

『絶対変革』より↓↓↓↓↓


【真理はいかなる教えの中にもない。真理は記憶の中にはない。
別のところを探さなければならない。考えるところ以外のところを探せ。
思考を働かせない工夫をせよ】


「あれも真理、これも真理」ということはありえません。
しかし、真理ではなく、道理となれば話は別です。
「それぞれ道理だ」ということはありますが、真理は普遍的・絶対的で一つのものです。
ですから「それも真理ですが、これも真理です」ということはありえないのです。
真理も、神や愛と同じように境界をもたないものですから、頭脳の中、記憶の中にはないということを理解しておかなければなりません。

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shinri.gif

宗教を遍歴しても「真理」に出会う事はない。
真理は愛と同じく「神」の代名詞のようなもので、言葉による説明は不可能であり無意味である。
古今東西、様々な聖者が真理を説いてきたが、それらは真理の断片に過ぎない。
また、真理について様々な定義もされているが、「表面的な現象や心理を支配する、奥深くに隠された内的な原理」という説明が的を得ている。

かつて、イエスは言った。
「私は真理である」
「真理を知らないことが最大の罪である」


「イエス・キリスト=真理」という事になるが、どういう意味なのか。
イエスは太陽神「ヤハウェ」を自称し、「世の光である」と名乗っている。
つまり、真理は「太陽」なのだ。
神は宇宙そのものであるはずだが、一体これはどういう事なのか……。

出口王仁三郎は次のように述べている。
「神の実証は太陽である。太陽に神力を集中しておられるから……」

日本神話では、太陽神を「天照大神」という。
イエス・キリストと対比された黒住教祖の黒住宗忠は、「全ての人間は天照大神の分魂を頂いている」と説いた。

そして、イエスはこう語っている。
「私は汝の手や足よりも近くにいる」
「私は常にあなた方のハートをノックしている者である。私に気づきなさい」


つまり、真理とは魂(真我)の事なのだ。
天の岩戸開きによって天照大神がお出ましになる。
キリスト教でいう「イエス・キリストの再臨」である。
それは、本当の自分である「真我」に目覚める事を意味しているのだ。
山本氏は「思考を働かせない工夫をせよ」と教えている。
思考を停止させる為には脳波をシータ波にする必要がある。
その時、自我(思考)は消滅し、真我と繋がるのである。

『日月神示』はこのように説いている。
「真理を知ることが、無限を得ること。まことの神をつかむことぞ」

神・愛・真理は同じものであり、思考の産物ではないことを理解した上で、内観に取り組んだ方が良い。
posted by アンリ・クリスチャン at 03:04| Comment(0) | 第4章「ネオデジタル内観」実践法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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