2010年08月31日

「つまらない」と思っていた日常生活に感動が

『絶対変革』より↓↓↓↓↓


大阪府 A・K(二五歳・OL)

■机の上のテープレコーダーで認識の練習をすると

いま、認識のスピードアップ用のリストづくりをしています。
じつはほんの10日ほど前、500個のリストをつくっていたのですが、先生から
「いろいろなものを見ていくのではなく、一つのものにとどまって、細部までじっく
り観察してみてください」
というアドバイスをいただきました。
そこで、もう一度つくり直しているのです。

周りを見渡して、机の上にあったテープレコーダーから始めることにしました。
ウォークマンに比べたら、このテレコはつくりが大きくて、分厚いものです。
見た感じもスマートでないために、いままであまり好きではありませんでした。
それまでのスピードアップの練習では、いつも「嫌い」にわけられています。
あまり気乗りもせずに始めた観察でしたが、観察すればするほど、細かい部分にまで気が配られているのを発見して、このテレコにすっかり感動してしまいました。
いままで気がつかなかったほんの小さな出っ張りやカーブ、単なるデザインのように見えた微妙な形の変化、場所によって使い分けられている材質の違い……。
最初は「何これ?」という思いしか感じなかったのですが、よく見ていくと微妙な違いに意味が発見できました。
全部が使いやすくするための小さな工夫でした。
「よくもまあ、これだけの気配りを!」と感動してしまいました。
見た感じはあまり恰好よくないボタンが、触ってみるとほかよりも触りごこちがよかったり、また押しやすかったりします。
そして、形や大きさだけでなく、ボタン一つ一つの高さや手触り、押すときの感触を微妙に変えてあり、見なくてもどのボタンかわかり、操作を間違えないようにしてあるのです。
一つ発見するごとに、つくった人たちの優しさを感じました。
デザインした人はもちろんですが、それほど高価な製品ではないのに、小さなパーツや材質、つくりまで変えるなんて、採算が合うようにするには大変だったでしょう。
「いろいろな人がいろいろなところで知恵を寄せ合い、議論して工夫していったんだろうなあ」と、その光景が目に浮かぶようでした。


■「つまらない」と思っていたテレコが愛しく感じられた

このテレコがとくにそうなのか、それとも、いままで見ていなかっただけでどんな製品もそうなのかわかりませんが、とにかくテレコの外観だけで無理なく95個も書くことがあってびっくりしました。
スピーカーの穴も、はじめて一つ一つ数えました。
それまでにもスピーカーの穴の数を数えたことはありましたが、穴の並び方には法則性があり、簡単な算数の計算式で計算できます。
「穴を一つ一つ数えるなんて効率の悪いバカなことだ」と思っていましたが、今度は一つ一つの穴を数え、合計234個の穴があることをこの手と目で再確認しました。
穴を一つ一つ数えながら、スピーカーの端から真ん中にかけて微妙な膨らみがつけてあることを発見しました。
「こんなところもデザインする人がいるんだ」と思い、数えることの中にもまったく別の発見があることも知りました。
左右に動かす小さなボタンのところには、枠があります。
最初は型抜きのときにできた線だと思っていました。
「つくりが粗いな」と思っていたのです。
でも、触ってみたら、そこだけはほかよりスベスベしています。
ボタンが操作しやすいように、そこだけ変えてあったのです。
その微妙な滑らかさの違いをよく見たくて、ルーペを取り出しました。
ルーペで見て、やっとわかるくらいの違いです。
でも、指先の感覚ではハッキリわかります。
前に指紋の溝の深さが0.00何ミリとかで、精密機械をつくる人はわずか数ミクロンの凹凸を指先で感じるという話を聞いたことがあります。
自分の指紋をルーペで見てみました。手や脚の皮膚、それにうぶ毛や服の繊維の違いとかも見てみました。
匂いを嗅いだら、服の一枚一枚がまったく違う匂いでした。
手は部分部分で匂いが違って、指のつけ根にお昼に食べたハンバーガーの匂いがわずかに残っていたし、手首のあたりには朝つけた香水の香りがまだ残っていました。
指先から手首まで、ほんの15センチか20センチの間に、いろんな匂いがあってびっくりしました。
改めてテレコを眺めると、つまらないと思っていたテレコ、どうでもよかったテレコが、とても愛しいものに映りました。


■ただ鈍感なだけだった自分が見えた

観察を始めて2時間くらいの間に発見や驚きがいっぱいあり、満ち足りた気持ち、幸せな気持ちになりました。
いままで、感動や発見はどこかへ出かけて得られるものだと思っていました。
日常生活には感動はないと思っていました。
「日常生活はつまらないものだ」と思っていましたから、平凡な日常生活に満足して幸せそうにしている人たちの気持ちはわかりませんでした。
「つまらない人たち」、「つまらない人生」と思い、バカにしていました。
だから、感動を得るためにいろんなところへ出向き、特別に刺激的なことをしようともしていました。
でも、反対だったんです。
私が鈍感だったんです。
毎日の小さな変化や身の周りの人たちのちょっとした心づかいを感じ取ることができなかったんです。
私が鈍感なばっかりに、よほど大きな刺激がないと感動できなかっただけなんです。
よほど大きなプレゼントをもらわないと、「ありがたい」と思えなかったんです。
気づいてみれば、大雑把で鈍感な私でした。
いままで何回か過去の反省をしたりしてきましたが、イヤな思い出ばかり蘇って、暗い気持ちになりました。
被害者意識が強く、恨みや憎しみの気持ちを消すことができませんでした。
山本先生から、「生かされていることに対する感謝の気持ちを持ちなさい」といわれても、ピンときませんでした。
いま振り返ると、両親や家族、周りの人たちの気づかいや優しさが蘇ってきます。
「どうしていままで感じ取れなかったんだろう」と、自分勝手な私をずっと見守ってくれていた人たちに申し訳なく思いました。
ありがたくも感じました。
いままでたくさんの人たちの優しさを無視し、それに応えるどころか逆に傷つけることばかりしてきた自分、そのうえちょっとしたことを根に持って恨んだりしてきた自分、そんな自分の姿が見えました。
きっと、いままで気がつかずに通りすぎてきたたくさんの優しさ、気づかい、心配りがあると思います。
そうしたものが一つ一つ見えてきたら、いろいろなものへの愛しさが私を包んでくれると思います。
まだ一歩歩き出しただけですが、これから先、どんな発見と感動があるのかとても楽しみです。

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TCM-IC100.jpg

内観をすると幸感力(幸せを感じる力)が高まり、日常生活の中に歓喜と感動と感謝に満たされるようになる。
尚、ハイパーネオデジタル内観では肉食を禁止とする為、ハンバーガーなどは禁物である。
肉食は血液を汚して健康に悪いだけではなく、殺された動物の怨念に憑依されることになるからだ。
この話には科学的根拠があるので、神泉組1を参照して頂きたい。
肉食は内観の妨げになるので極力控えるべきだが、逆に内観をして真我に目覚めてくると、自然に肉食を受け付けなくなってくるものである。

血液の浄化には、水を毎日2リットル以上飲むことが基本だが、
自然に肉食を受け付けなくなってくる「梅雲丹」を紹介しておこう。
http://www.bahyu.com/top_baiuntan/kouyou.html
posted by アンリ・クリスチャン at 16:48| Comment(0) | 第3章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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