2010年08月30日

進学塾を経営する私の息子が、突然、不登校に陥って

『絶対変革』より↓↓↓↓↓


富山県 Y・Oさん(44歳・進学塾経営)

■優等生だった中2の息子に異変が起きた

中学二年になってしばらくして、息子に異変が起こりました。
小学校の頃からずっと成績優秀を通し、積極的なリーダー格だった息子が急に不登校になったのです。
その年は梅雨に入って寒い日がつづき、息子も風邪を引いたようでした。
3日、4日と学校を休みましたが、最初は「風邪が治り切っていないのだろう。
治ってからいけばいい」と、あまり気にとめてもいませんでした。
ところが、咳もおさまったのに、何となく元気のない顔をして登校しようとしません。
家内が様子を尋ねても、「気分がよくない」とか「お腹の調子が悪いから、学校
へいって気分が悪くなったらイヤだ」というばかりです。
十日目をすぎ、私もとうとう子供を怒鳴りつけてしまいました。
次の日から2日間、子供は学校へいきましたが、3日目に「吐き気がする」と青白い顔で早退してきました。
それからまた、不登校が始まりました。
病院へ連れて行くと軽い胃炎と診断され、薬をもらってきましたが、飲んでいるふりをしてトイレに流していたようです。6月も下旬になっていましたが、7月の始めには期末試験があります。
そのことを指摘すると、「勉強していればいいだろう」と一人で問題集を広げて勉強するようになり、試験の日だけは登校して試験を受けてきました。
夏休みがくれば、少しはよくなるかもしれない。休みになれば、私も息子の不登校を悩まずにすむ。
「早く夏休みがきてほしい」と、それだけを願いつづけました。
夏休みに入ると息子の顔色もよくなり、友達と遊びに出かけるようになったので、一件落着かとホッとしました。
私も忙しく、あまり話しかけもしないうちに夏休みがすぎていきました。
しかし、新学期が始まっても、息子は学校へいこうとはしません。
家内もだんだんイラ立ち、私と家内の間でも口げんかが絶えなくなっていきます。
息子は、私に対しては面と向かって反抗せず、ただ不機嫌な顔をして横を向くだけでしたが、家内には何かと反抗してつっかかるようになっていました。


■順風満帆の塾経営だったが

中学生の子供の不登校は、親にとって大問題です。
このまま子供が学校に行かなければ将来はどうなってしまうのか、親として何もできないのか、親としては苦しい状態です。
しかし、私にはそれ以外の悩みもありました。
じつは、私は中学生を対象にした進学塾を経営していたからです。
「中学生の教育にたずさわる人間が自分の子供の不登校も解決できない」ということになると、たいへんな痛手になってしまいます。
私の住む富山県は、昔から非常に教育熱、進学熱の高い県として知られています。
私も、東京の大学に進み、富山色の強いある会社に就職しました。
しかし、長男ということもあり、親の希望から地元にもどって進学塾を開きました。
もともと哲学や教育学に興味があり、また田舎にいても自分を高めたいという強い気持ちを持っていました。
そのため、自己啓発や精神世界系のセミナーには積極的に参加したりと、一年に数回は上京していました。
塾でも、「子供の教育は親の教育から」をモットーに掲げ、3ヶ月に一度は生徒の親御さんを呼んでミニ講演会を開いたり、また親御さんの相談に乗ったり、カウンセリングをしたりと、自分でいうのも何ですがユニークな塾運営を心がけてきました。
中学生はちょうど思春期の不安定な時期ですので、親に反抗したり言うことを聞かなくなる子供も多く、親を対象にした講演会やカウンセリングは好評を集めました。
よく米騒動を引き合いに語られますが、富山の女性はしっかり者が多く、働くことにも抵抗がありません。
そうした気風が女性の高い大学進学率になってもあらわれています。
ですから、お母さん方のなかにも高学歴で職業を持たれている方が少なくなく、教育熱心な方が多いのです。
ミニ講演会は塾生の親御さん以外にも公開していましたから、口コミで評判が広まり、話を聞きにこられた方があとで子供を入塾させるケースも少なくなくありませんでした。
思った以上に経営は順調に伸び、「学校の先生よりずっと親身に相談に乗ってくれる」と言われ、私もそれを誇りにしていました。
その誇りと自信が、中学生の息子の不登校で揺らいでしまったのです。


■解決策をインターネット情報に求めた末に

中学校には医者の診断書と自宅療養の旨を伝えていましたので、塾の生徒の親御さんたちも息子は病気だと思い込んでいるようでした。
登校拒否をしていることは、だれにも知られていないようでした。
しかし、夏休みも終わって不登校が半年近くにもなると、息子の登校拒否の噂は生徒たちの親の間に広まり始めていました。
だれかに相談して火に油を注ぐことになれば、塾の経営にも支障が出てきます。
そこで私は、インターネットに頼ることにしました。
これならば相手にこちらの事情を知られる心配はいりません。
教育系や医療系のホームページにアクセスし、普通の親の顔をしてメールで相談を持ちかけたりしました。
しかし、返ってくる答えは、そのへんの教育雑誌に書かれているような内容と大差のないものばかりでした。
あるとき、たまたま山本先生のホームページを目にし、他のものとは内容が違うと思い、興味を抱きました。
内観という言葉は知っていましたから、「一度会ってお話をうかがいたい」とメールを送りました。
じつは、そのときの私は、自分ももちろん内観を試してみるつもりでしたが、それよりも子供や家内に内観をさせたいという気持ちが強くありました。
面談にうかがう日、私は息子も一緒に連れて行くことにしました。
ほんとうのことをいったら拒否されると思い、「大学時代の友人が一度遊びにこないかと誘ってくれたから、気晴らしに東京に遊びにいこう。
お父さんの通った大学も見せてやる」とウソをついて誘いました。
先生のところに着いて私が話し始めると、息子は自分がだまされたと知って猛反発し始めました。
私は頭に血がのぼり、いままで抑えつけていた感情が爆発し、すごい勢いで息子を怒鳴りつけてしまったのです。
すると、先生はこう言われたのです。

「いい加減にしなさい。だまして連れてきたのだから、子供さんが怒って当たり前でしょう。
あなただって、人にだまされたら怒るでしょう。
さっきから、『お前のために』とか『お前の将来』とか言っているけど、
あなたが考えているのは自分の体面、自分の現在、自分の将来ですよ。
ほんとうに子供のことを思っているのなら、そんな言葉が出てくるはずはない。
あなたは教育者として失格です。塾なんかやめてしまいなさい」


■自分の本当の気持ちに気づき、思わず涙がこぼれた

あまりの言葉に、私は呆然としました。言葉が喉につまり、反論もできません。
そんな私に、あるミニ講演会での自分の言葉が蘇ってきました。

「思春期というのは、たしかに心身の発達がアンバランスで、
精神的に不安定になりやすい時期です。
動物でいえば、それまで口を開けて親からエサをもらうだけだったのが、
エサをとる練習を始め、巣立ちの準備を始める時期です。
人間も同じです。言われたことを鵜呑みにしていた時期から、
自分で自分の将来を考え始めるようになる時期です。
親自身がまじめに自分の生きがいを見つめていれば、
親を尊敬することはあっても、反抗するはずがないじゃないですか。
反抗期なんてないんです。自分をしっかり見つめられない親は、子供を見つめられません。
親がいくら『子供のため』を連発しても子供は敏感です。親の裏を見透かし、反発するんです。
そんな言葉の先にほんとうの幸せなんかないことを直感的に見抜いているから、
親の言うことを聞かなくなるんです」

こんな立派なことを、私はお母さん方に言ってきました。
立派な教育者、親と子供の心を知っている教育者、自分の子供をしっかり育てている塾の経営者……。
それが私の一つの面でした。
そして、自分の子供が不登校に陥った瞬間、それらの像がガラガラと崩れていく恐怖におびえてしまった私……。
そんな想いが津波のように一気に押し寄せ、思わず涙がこぼれてしまいました。
そうです。私が守ろうとしたのは体面でした。
家内が「高校の恩師に相談に行ってみる」と言ったときも、私の体面がそれを止めさせました。
黙り込んでしまった私に代わり、横に座っている息子はニコニコして先生と話し始めました。
学校も勉強も嫌いではないこと。将来何になりたいかはまだ決めていないが、やりたいことがあること……。
この半年、親に向かってはろくに口もきかなかった息子が、楽しそうに、そして親の前では見せたことのない大人ぶったしっかりした口調で話しているのです。
先生は私に向き直ると、諭すように言われました。

「しっかりした素晴らしい息子さんじゃないですか。あなたも見習わないといけませんね。
息子さんはよけいなアカがついていませんから、自分のことも周りのこともよく見えるんです。
あなたはよけいな知識がつきすぎて、周りが見えなくなっている。
整理して、よけいなものを捨てていかないとダメですね。がんばって、内観してください」


■当たり前の顔をして学校に行き始めた息子

富山に帰ると、子供は母親にいままで心配かけたことを詫びました。
家内はキツネにつままれたような顔をしていましたが、次の日から息子は、登校拒否などなかったような当たり前の顔をして学校に通い始めました。
いま考えると息子は、ありったけの力を振り絞って、私の生き方に意義申し立てをしてくれていたのです。
この一件がなければ、私は自分の生き方を振り返ることもなかったでしょう。
塾をやめるかどうか、それはまだ結論が出ていません。
経済的なこともあるので、家内や息子とよく相談しながら結論を出していきたいと思います。
人間の価値は、地位や学歴で決まるとは思っていません。
しかし、そういうところをパッパをかけたほうが親御さんの受けがよく、生徒が集まることも事実です。
ギリギリの成績で高校へ入れば、授業についていくだけで子供はたいへんです。
それを知りながら、子供の気持ちよりも、そこに合格すれば親の体面は保たれます。
そして、そのために月に何万円という月謝を親は払っています。
たしかにそれは教育ではないし、教育熱心な親でもありません。
これまでそうした親に訴え、私たち家族は生活してきました。
いままでの塾のあり方と教育を、根本的に見つめています。
内観によってどういう道が拓けるか、たいへん楽しみにしています。
まったく新しい塾の構想が出てくるか、あるいは塾を閉鎖するか。
どちらにしても、そこには新しい自分がいるはずです。
あのとき先生の前で流した涙、あの涙は新しい自分の始まりです。
その涙を忘れずに、ネオデジタル内観を続けたいと思っています。
富山と東京、途中まで新幹線はできましたが、まだまだそう簡単に往復できる距離ではありません。
家内もやりたいと言い出しましたので、いまパソコン相手に2人でネオデジタル内観を始めています。
息子と山本先生、それに家内に感謝しています。

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この塾の経営者は、息子が不登校にならなければ、ネオデジタル内観に出会うことはなかった。
だから、息子に感謝して当然である。
もし、何もなかったとしても、親が子供に感謝できなければ親失格である。
「子は親の鏡」であるから、子供に感謝できない親は子供に感謝されない。
「子は親の鏡」であるが故に、子供を観るのも内観である。
「親を尊敬しろ」「親孝行をしろ」「親に向かって……」などと、一方的に上から目線で接するようでは円満な家庭は築けない。
そこで宗教などに走ったりするというのは笑止千万。

私も不登校をしていたが、子供は大人が思っている以上に何でも分かっている。
むしろ、大人と同じように接するべきである。
小学校高学年くらいになれば、大人と同じだと考えて良い。
次世代を担うのは今の子供たちなので、教育は非常に重要である。
教育とは、放任主義で自由にさせるのが良い。
悪い事をしても説教をする必要はない。
説教をしなくても子供は分かっているのである。
むしろ、説教は逆効果になることの方が多い。
ここで教育論の話をしても仕方ないので止めておくが、
「子は親の背中を見て育つ」という事を認識し、
広い愛で包み込んでいればそれ以上は余計な事をしない方が良いのである。
posted by アンリ・クリスチャン at 13:01| Comment(0) | 第3章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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