2010年08月04日

倒産、借金地獄から一家心中まで考えた私

『絶対変革』より↓↓↓↓↓


鹿児島県 M・Kさん(45歳・自営業)

■父の経営する企業が倒産、一瞬で奈落の底に

「いっそのこと一家心中でも…」
ネオデジタル内観に出会うまでの私は、そんなことを本気で考えていました。
親の遺した莫大な借金があり、私の人生は親の借金返済だけの人生だったのです。
実家は鹿児島の旧家で、父は手広く事業を展開していました。
子供の頃から何不自由なく育ち、学校を出ると地元の中堅企業に就職しました。
いずれは父の後を継ぐつもりでしたので、他人の水を飲むことで少しは世間勉強をするつもりの就職でした。
そんな就職でしたから、20歳代の頃は仕事に燃えたという記憶はありません。
仕事よりも趣味に走り、結婚も30歳代になってからです。
私と父との間では、35歳をメドにそれまでの会社を辞め、次期社長含みで父の会社に入社する予定となっていました。
子供も授かり、私は父の会社で腕をふるうゆめに燃えていました。
ところが、晴れの入社を目前にした34歳のとき、思いがけないつまずきから父の会社の経営が傾き、あれよあれよという間に倒産してしまったのです。
ちょうど事業を広げかけたときの倒産で、先行投資としてかなりの金額を注ぎ込んでいました。
倒産後、父と一緒に金策に走り回りました。
しかし金策はつかず、弁護士に相談して財産を処分しましたが、かなりの金額が負債として残ってしまいました。
父は過労と心労で倒れ、母も看病疲れから体調を崩して入院する羽目になってしまいました。
残されたのは、私とまだ乳飲み子を抱えた妻、そして莫大な借金だけです。
負債額を考えると、私の残りの人生をすべて使っても、借金は返済できそうにありません。
一生かかっても返せない借金、それに妻や子供を幸せにしてやれない絶望……。
私の中には、「いっそのこと一家心中でも……」という思いが膨らんでくるばかりでした。


■「どん底のときこそチャンス」といわれて

そんな頃、知人に山本先生を紹介してもらいました。
事情を話すと、山本先生はこう言われました。
「どん底のときこそチャンスです。あなたはラッキーな方ですね」
私のこの1年は、不幸と不運のオンパレードでした。
「不幸と不運がラッキー」と言われると普通は怒りたくなりますが、なぜか私には怒りが湧いてきませんでした。
「ハトが豆鉄砲を食らったような」という言葉がありますが、ちょうどそんな感じでした。
理由は分かりませんが、そんな事を言ってくれる山本先生に信頼感のようなものすら感じました。
そして、「一度捨てる気になった人生だ。ラッキーというのなら、そのラッキーとやらを生かしてやろうじゃないか」と開き直ったのです。
これが内観を始めた動機です。
最初は逃げたくなることばかりでした。
何から逃げたいのか、どこへ逃げたいのかといえば、それは「自分」からです。
しかし、どこへ逃げても、こればかりはついてきます。
死んだとしてもついてくるような気がします。そこで、逃げるのはやめました。
逃げるのはやめて、「見てやれ、見てやれ、見てやれ」と、自分に向き合うようにしました。
そうしているうちに、逃げたくて仕方がなかった自分やいろいろなことが見えてきました。
見えてくれば、「それらのことが大したことではなかったのだ」という気がしてきたのです。


■ちっぽけな自分が見えたとき、笑ってしまった

当時、父の借金返済のために一生働き続けなければならない人生、働いても働いても自分の好きな事ができず、何も自分には残らない境遇。
それはそれでもちろんイヤなことでしたが、何よりも他人の目が苦痛でした。
「あんなやり方をしていたから、倒産したんだ」
「今までお坊ちゃんで遊んでばかりいたから、いい気味だ」
会う人や会社の同僚の目が、そんなことを言っているように感じられたのです。
じつは、妻の実家も、私との結婚にあまり賛成していませんでした。
「絶対に幸せにする。不自由はさせない」と見栄を張っての結婚でしたから、妻の実家にも合わせる顔がありません。
しかし、さらにそこを見ていくと、実際に面と向かって言われたわけではありません。
「陰口を叩かれているに違いない」と勝手に想像している自分がいます。
そして、「そういう言われ方をされるのがイヤだ」と思っている自分がいるのです。
そして、それまであまり意識したことはなかったのですが、家柄がいいことや家庭が裕福だったこと、それに祖父も父も地元経済界の実力者であったことに頼っていた自分が見えてきたのです。
その反動で、倒産・借金・貧乏という思い看板を背負った自分が、恥ずかしくて恥ずかしくてたまらなかったのです。
今まで頭を下げさせてきた人に、今度はペコペコ頭を下げなければなりません。
それが苦痛でたまらなかったのです。見えてしまえば、それだけのことでした。
それだけのことを怖がり、身をすくませている自分……。
自分の首を締めている自分……。
あまりにもちっぽけなそんな自分が見えたとき、思わず笑ってしまいました。
私の中に気づきが起こりました。
「考えても仕方がない。自分に囚われていても何も解決しない」
私は一生懸命に働き始めました。
幸いなことに、それまで勤めていた会社が何かと力を貸してくれ、借金が返しやすくなるようにと、ポジションや残業時間なども配慮してくれました。


■勤め先の倒産にも、すぐに前向きに対処できた

会社の配慮に感謝し一生懸命に働きましたが、何しろ莫大な負債です。
いくら働いてもそう簡単に借金は減ってくれません。
倒産したときにほとんどの財産は処分しましたが、バブル崩壊のあとでもあり、屋敷だけは数年間も売れませんでした。
なかなか売れなかったその屋敷がこの春に売れ、やっと借金の四分の一くらいが消えました。
私たち家族にとって、初めてのアパート暮らしがは始まりました。
今までの屋敷に比べれば比較にならないほどの狭さですが、それでも家族らしい生活です。
私は少し安心し、この機会に一つだけ贅沢をさせてもらいました。
パソコンを購入したのです。
パソコンを使い、さらにデジタル内観を深めようとしたのです。
好事魔多しといいますが、その矢先に、また予期しないことが起こりました。
勤めていた会社が、突然、連鎖倒産したのです。
借金返済の収入源を断たれ、それまで「もう何があっても平気だ」と思っていた私でしたが、やはり動揺してしまいました。
しかし、気持ちが沈みっぱなしになることはなく、「人生は何が起こるか本当にわからないな。だから、おもしろいんだな」と、すぐ前向きになることができました。
このときほど、デジタル内観をしていてよかったと思ったことはありません。
勤め先の倒産を機会に、私は人生を再構築してみようと考えました。
サラリーマン生活と別れ、自分で何か仕事を始めてみようと思ったのです。
若い頃、各種の健康法に興味があった私は、整体の免許を取っていました。
まさかそんなものが役に立つとは思ってもいませんでしたが、これなら身体一つで始められます。
整体と同時に、町の便利屋さんも始めることにしました。
父母の介護と子育てに明け暮れる中、妻はちょっとしたことでも気軽に頼める人がいたら助かる、と実感していたのでしょう。町の便利屋さんは妻の発案でした。


■新しい日々が始まり、家族の原点に戻れた

新しい日々が始まりました。
整体と町の便利屋さん開業のために、妻が文章を書き、絵の得意な娘がかわいいイラストを描いてくれました。
それらをパソコンに取り込んでチラシをつくり、夜な夜な三人で配りました。
会社が倒産して悲惨な生活が始まるかと思いましたが、思いもかけない楽しい生活が始まったのです。
それまで私が外で働いていたとき、家族で過ごせる時間はほとんどありませんでした。
しかし、いまは何をするにも一緒です。
引っ込み思案だった娘も、「今日はあそこ、明日はあそこ」と走り回るようになりもなりました。
両親の顔色も、心なしか良くなってきました。
「家族の原点」というものがあるとすれば、家族の原点に戻れたような気がします。
私は、冒険好きな性格ではありませんでした。
何もなければあのまま父の後を継ぎ、世間的には羨ましがられる生活を送っていたかも知れません。
物質的には安定していたかもしれませんが、それが楽しい人生といえたでしょうか。
しかし、父の会社の倒産、借金、そして私の勤めていた会社の倒産などで、予想もしなかったところに放り出されました。
そのままでは見えなかったであろう風景に出会い、自分がどんどん変わり、たくましくなっていきました。
今まで自分だと思っていたものがどんどん崩れ、まったく別の自分、ほんとうの自分が見えてきました。
今、世間では倒産やリストラ、解雇などが連日のように報道されています。
自分の人生、自分の将来、家族のゆく末に不安を感じている人も少なくないはずです。
しかし、それは新しい自分に生まれ変わるチャンスなのです。
もしかしたら、この拙い文章を読んでくれているあなたも、私とよく似た境遇かもしれません。
であれば、その人は人生で最大のチャンスを迎えている人です。
どん底の時こそチャンスです。
そうしたチャンスにめぐり合えたあなたは私と同じようにラッキーな人です。

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釈迦はこのように説いた。
「常に移り変わっているものを永久に不変のものと錯覚する事で執着を作り出している」

「苦」を直視し、諸行無常の真理を悟り、今の楽しみや苦しみは永遠(実在)のものではなく、
目の前の現象に囚われてはいけないという事である。
だからと言って、囚われないように努力するのではない。
「解脱」の結果、万有の平和と安寧の自由な境地に到達するのである。
その解脱に至る最短プログラムが「ハイパーネオデジタル内観」である。
貧乏も苦の1つだが、古来より宗教家は貧困を通して解脱の道を選んできた。
求道者が財産を手放し、世俗を離れて隠遁生活をするのもその為である。

聖書には、イエスの次のような言葉がある。
「金持ちが神の国に入るのはラクダが針の穴を通るより難しい」

もちろん、金持ちは地獄に堕ち、貧乏人は天国に行くという単純な話ではない。
誰でも裕福である方が理想だし、裕福である事は決して悪い事ではないが、
裕福であることによって大切なものを失っている人が多いのは事実である。
また、貧乏で心が荒み、犯罪を犯して反省もなく生きていく人もいるが、
貧乏だからこそ金持ちが失った大切なものを発見する人も少なくないと思う。
いずれにしても、病気や事故で倒れたり、収入源を失ってどん底の時こそ
自分を観る絶好の機会であり、真の気づきや自己発見に至るチャンスなのだ。
そもそも、苦を感じなければ、内観などに興味を示さないだろう。
その意味でも、「苦」というものは有り難い「破地獄の種子」なのである。
posted by アンリ・クリスチャン at 00:45| Comment(0) | 第3章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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