2010年03月28日

「ほんとうのあなた自身」との出会いに向けて

『絶対変革』より↓


その後、「ほんとうの自分」を見つける手だてを多くの人々と続けてきました。
私自身が内観道場を開設するなどいろいろな経緯から、私は二つの大切なポイントを発見しました。
内観については本文に譲りますが、現実からから隔離された場所に身を置き、テーマを与えられて自分を見つめなおす一つの手段です。

第一のポイントは、内観道場で研修された人の多くは、たしかに今まで経験し得なかった心の平安や何らかの閃きを得るのですが、日常生活に戻ればまた昔の自分に戻ってしまうという事実です。
つまるところ、道場で得られる心の平安などは一時的なものに過ぎないのです。
一定の場所に一定期間閉じこもる研修はほとんどの場合、時間の浪費になり、おまけにあまり効果の上がるものではないということです。

ほんとうのことが分かってしまえば、いま自分がいる場所で自分自身を観察することが、「ほんとうの自分自身」に気づくことなのです。
日々の生活の中で成し遂げられる意識変革が真の意識変革なのです。

第二のポイントは、「ステップアップして何かに到達したい」とみなさんが思っているということです。
努力すれば答えが出るという世界です。
ステップアップの世界というものは、第一のステップを間違えると求める方向には進みません。

ですから、第一ステップの第一歩が重要だということです。
その第一ステップの第一歩を誤らせるものが、今までの価値観や先入観です。
自分の内面へ入る時に、今までに獲得している価値観や先入観が邪魔をします。

従来の価値観や先入観に邪魔をさせないためには、そうした価値観や先入観を徹底的に洗い出す必要があります。
しかし、先入観には「先入観とは何か」という先入観があります。
価値観にも「価値観とは何か」という価値観があります。

価値観や先入観を徹底的に洗い出すためには、先入観の先入観、価値観の価値観まで洗い出さなければなりません。
今まで自分が培ってきたものの見方、考え方がほんのわずかでもあれば、その洗い出しは不可能です。

今までに獲得してきたものの見方や考え方を介入させず、しかも価値観や先入観を徹底的に洗い出す作業を可能にしなければなりません。
ものごとを認識するとき、その認識を従来の価値観や先入観と結びつけずにスパッと切る技術が必要になってきます。

これらのことから、自分の内面を観察して「真の気づき」、「ほんとうの自分自身」に到達する内観をデジタル内観と名付けました。
その後、効率性と合理性を求めて研究を重ね、誰にでもできる技術を開発し、現在のネオデジタル内観に至っています。

ネオデジタル内観は、誰にでもできる「ほんとうの自分」を発見する方法です。
あらゆる悩みや苦しみと決別して、人生を楽しみ豊かにする自己変革法です。
では、「ほんとうの自分自身」を見つける旅に出発しましょう。


転載終了

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少年院や刑務所に長期間入っていた人の中には、
仏のようになって出てくる人がたまにいる。

彼らは娑婆世界から隔離され、自分の人生を振り返り、
自分の内面を深く見つめ直して改心した人たちである。

それはまだ悟りとはほど遠いが、
内観が自己改革の基本であることが分かると思う。

私がネオデジタル内観に出会ったとき、
山本健二氏はすでに他界しており、
直接指導を受けることはできなかった。

そして、他の各種メソッドと並行しながら
ネオデジタル内観を実践して深く追求し、
ネオデジタル内観を独自に進化させてきた。

「第一ステップの第一歩が重要」ということだが、
「ステップアップして何かに到達したい」という思いを切り離し、
純粋に「本当の自分を知りたい」という気持ちで取り組む必要がある。

「覚醒したい」とか「アセンションしたい」などの動機は
当然ながら前提としてあり、そのベクトルも必要だが、
囚われてはいけないということである。

これは文字通り、先入観や価値観などで形成されている、
「信念体系領域」と呼ばれる世界である。

幽界(フォーカス23)と天国(フォーカス27)の間に位置する
霊国(フォーカス24〜26)で、そこに囚われた人たちの特徴が、
「なること」を目指して「目標」を持って「努力」することである。

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その領域に囚われている人たちにとっては、
信念が現実なので抜け出すことは容易ではないが、
そこを突破しなければ天国には行けない。

ここでいう天国とは、仏教の六道輪廻でいう「天上道」で、
まだ悟りの世界ではない4次元の輪廻転生地点だが、
天国の意識レベルに到達することが第1ステップである。

幽界から脱却することが第1ステップという人も多いと思うが、
幽界には幽界の信念体系があるので、その信念を破壊する必要がある。

だが、自分が培ってきた信念を「自分」だと思い込み、
必死で手放そうとしない自我の強い人もいる。

従って、価値観や先入観を外して、
ありのままの自分を観察するのが難しいという人は少なくないが、
これは今後のテーマなので今は深く考える必要はない。

むしろ、今までに培ってきたモノの見方や考え方で考察しても、
「ネオデジタル内観」にはならない。

また、私の解説文が読者にとって、
ある種の価値観や先入観になってしまう恐れもあるが、
あくまでも納得して理解を深めてもらう為のものなので、
囚われることなく柔軟な姿勢で読み進めて頂きたいと思う。
posted by アンリ・クリスチャン at 21:30| Comment(0) | プロローグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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